侯爵夫人の復讐
デリーの愛人ソフィアは平民である。
街の娼館で働いていたところ、デリーに気に入られて特別な愛人にしてもらったようだ。
ふたりはよほど相性がいいのだろう。デリーはソフィアをひとり占めにするために、多額の金を使って彼女を自分のものにした。
侯爵家を訪れたソフィアは長いウェーブの黒髪を揺らし、真っ赤なドレスにハイヒールを履いて現れた。
そして、彼女はキルアを見て言った。
「あら、奥さま。ごきげんよう」
キルアは黙って会釈をする。
「しばらくいるわ。あたしたちの邪魔はしないでね」
黙っているキルアの目の前で、デリーはソフィアの腰を抱く。
ふたりは見つめ合ってキスをする。
あまりに堂々とした態度に使用人たちがドン引きしている。
キルアは動じることなくそれを見つめた。
ソフィアの真っ赤な口紅がデリーの唇にべちょっとついたのでマーブルチョコレートにラズベリーソースをぶっかけたみたいだなと、キルアは思っていた。
デリーがラズベリー色の口でキルアに冷たい言葉を投げつける。
「ソフィアは5日ほど滞在する。キルア、お前はしっかり自分のやるべき仕事をするんだ。わかったな?」
「かしこまりました、旦那さま」
キルアは腰を折って丁寧にお辞儀をする。
ソフィアはふふんっと鼻で笑い、キルアを見下ろした。
「相変わらず貧相な顔だこと」
キルアは特に動じることなく、ただ腰を折ったままだ。
反応がないことに苛立ったのか、ソフィアはちっと舌打ちしてキルアに近づいた。
そして、彼女はバッグから口紅を取り出すと、キルアの顔にべったり塗りたぐった。
キルアはまるで口裂け女のような顔になり、ソフィアは「きゃはははっ」と笑った。
「見て。化粧をしても貧相な顔。ていうか、化け顔? あっははははは」
キルアは無表情でソフィアを見つめている。
使用人たちはこっそり笑っている。
デリーは呆れ顔をするも、やはり笑いながらソフィアの肩を抱いた。
「まったく、君はいたずらがすぎるぞ」
「だってぇ、奥さまったらぜんぜん笑わないんだもの。こうして紅でも塗ってあげれば少しは綺麗になるかなって思ったの。でも、ぜーんぜん変わんないわ。貧相な顔に生まれてきて残念だったわねぇ」
「ソフィア、こんな女のことはいいだろう。さっさとふたりの時間を楽しもう」
「それもそうね。うふふふっ」
デリーとソフィアは腕を組んで寝室へ向かっていく。
その際、ソフィアがちらりと振り返り、キルアを見てにやりと笑った。
ソフィアが侯爵家に滞在するようになったのは結婚してひと月後のことだった。
月に1回は必ずあるそれは、デリーとソフィアが夫婦のように過ごす時間である。
彼らの夜は長い。使用人はふたりを起こすことはできない。
彼らは思う存分ふたりの時間を楽しんだあと、昼過ぎ頃に食事をする。
そしてまた、夜になると長い時間を過ごす。その繰り返しだ。
そのあいだ、キルアはデリーの仕事をすべて片付けておく。
「もうソフィアさまが本妻でいいのではないかしら?」
「旦那さまも奥さまと離縁すればよろしいのに」
使用人たちは好き勝手に言う。
デリーはいつもキルアに脅すように言うのだ。
「文句があるならお前と離縁してやってもいいのだぞ」
彼は何度かそう言って脅し、キルアが少しでも思いどおりにならないと、実際に離縁状を作成して脅した。
キルアは頭を下げるしかなかった。
離縁すればキルアの両親の遺産はすべてこの家に奪われる。
身寄りのない令嬢のキルアは無一文で平民街へ放り出されても生きていけない。
デリーはキルアがここ以外に生きていける場所がないと高をくくり、やりたい放題だった。