再縁恋~冷徹御曹司の執愛~
「この部屋が秘書課で、私のほかにもうひとり、寒河(さむかわ)という男性社員が所属しています」


副社長室のすぐ隣の部屋に案内され、自席を教えてもらった。

基本的な業務内容を聞き、前職での経験を伝える。

雇用期間は一応新規事業が完了するまでだが、働き次第では契約期間満了後に、正社員雇用もあるらしい。

願ってもない話に頬が緩む。

嵯峨副社長は先日海外から帰国し、就任したという。

責任者として事業が完了するまで札幌に滞在するそうで、すでに自社の賃貸専用マンションで暮らしているらしい。

雇用に関わる契約書類などに目を通し、署名を繰り返す。

さらに社内の設備や場所について説明を受けた。

後日案内すると言われたが、関わる部署はそれほど多くないだろうし、丁重に辞退した。


「以上で手続きは終了です。なにか質問はありますか?」


「あの、副社長秘書が私で本当によろしいのですか?」


問いかけると、渕上さんが眼鏡の奥の目を瞬かせる。


「まさか副社長の秘書を務めるとは考えておらず、私では力不足かと思います……それに」


きっと疎まれている、とはさすがに口にできなかった。


「――雇用の最終決定をしたのは副社長です」


「え……?」


「厳しく、求めるレベルの高い方なのでなかなか決まらなかったんですよ。加えてあの容姿なので、女性から迫られる場合も多く採用は難航していたんです」


確かに大企業の御曹司、独身の極上美形となれば世の女性たちが放っておかないだろう。

副社長との初めての会話を思い出す。

悪評高い私も玉の輿を狙っていると思われたに違いない。

あのキツイ発言はきっと牽制だろう。


「直接的な強い言い方をされますが、人を見る目は確かな方です。自信をもって取り組んでください」


……渕上さんは私の噂を知っているのだろうか?


確認すべき? 


ううん、業務には関係ないし、あえて尋ねる必要はないだろう。


前職の退職後、両親には心配をかけ通しだったので、正式雇用されればとても嬉しい。

そのためには努力するしかない。

とりあえず、与えられた仕事をひとつひとつ確実にこなそう。

心の中で決意し、初日は過ぎていった。

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