茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
「はる、と……? どうしたの?」

百子はようやく彼から湿っぽい雰囲気が出ていたのを察知して、まずはパジャマを着るように彼に促した。彼が泣くところを見たことが無い百子は、頬に残った筋を見てひどく狼狽していたが慌てて首を振る。

(だめよ。私がしっかりしなきゃ。さっきはちょっとびっくりしただけだもん)

「少し……思い出しただけだ。それと百子、味噌汁ありがとう。美味かったよ」

陽翔は下を向きながらお椀とお箸をシンクに持っていく。百子も彼の後について行き、ハーブティーのお湯を沸かそうとやかんを取り出したが彼の手が百子の腕を掴んだ。

「百子、お茶はいい。それよりも……聞いてくれるか?」

昏い瞳が百子を見下ろし、彼女はIHコンロと彼を交互に見たが、諦めたようで頷いた。そのまま二人でソファーに座り、百子は彼に近づいて彼の肩にそっと手を置いた。

「陽翔……そんなに辛いことが飲み会であったの?」

「ああ……正確には嫌なことを思い出したとも言えるが」

陽翔の歯切れがいつになく悪く、百子は思わず身構える。だが彼が話す気になっている以上、百子が逃げ出す訳にはいかなかった。

「そう、なの……陽翔、貴方は勇敢ね。そうやって自分の嫌なことを誰かに話そうとしてるんだから。ゆっくりでもいいから聞かせて?」

陽翔は伏せていた顔を上げたが、再び下を向いてしまった。

「……ありがとうな」

そして彼は百子を抱きしめた。彼女の温もりが陽翔の冷えきった心を再びじんわりと温め、それにうっとりとして百子の背中を擦る。だが流石にその姿勢だと話しにくいので、名残惜しいが彼女から腕を離して彼女と向かい合う形になった。百子は自分の心臓が時間を追うごとに大きくなっていくのを感じて口元を強く引き結んで彼の言葉を待つ。陽翔の眼鏡の奥は未だに揺れていたが、覚悟を決めたようで瞳に強い力が徐々に現れていった。

「百子、俺……今日お前の元彼に会ってきた」

百子の表情がぴしりと音が聞こえるくらい強張った。陽翔はしまったと感じたが、彼女の震える声が続きを促すのでぽつぽつと話し始める。
今日は取引先の会社に行ったこと、そこでいつもの担当者が深山に変わっていたこと、彼に飲み会に誘われて行ってきたことを話すと、百子の顔は蒼白を通り越して土気色になっていた。
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