茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
(……来ない)

積乱雲が目立つ空の下、百子はスマホを握りしめ、軽く首を横に振り、とぼとぼと帰途につく。珍しく17時台に仕事が終わったため、慌ててスマホを確認したが、既読すらついておらず、大きなため息が漏れた。

(まだ仕事中で忙しい……よね。でも、このまま返事来なかったらどうしよう)

今朝の陽翔の怒った様子を思い出し、ぬるい風が百子の周りを吹き抜けるにも関わらず、手足が冷えていくような感覚に襲われる。陽翔がこれを機に自分から離れていくのではないかと、そればかりが気がかりだ。悪い想像が無限に膨張し、百子の指は無意識に婚約指輪を撫でる。陽翔と話す覚悟は決まった筈なのに、先程から気温と同等の温度のため息だけが、百子の口から漏れるばかりだ。いつまでも纏わり付く不安を一掃しようと、周りを見渡していた彼女だが、ふと目の前の光景に眉を顰める。

(あれ……?)

道路にふらふらとした足取りで、オレンジ色のランドセルを背負った女の子がいるのを見つけた百子は、そこを歩いては行けないと大声を出した。しかし彼女はさらに歩みを遅くしており、すかさず自分の鞄を放り投げて駆け寄る。この道路は狭い割に交通量が多く、しかもカーブも無いので車のスピードが出やすいため、いつスピードの速い車が来るかが分からないのだ。それに、百子の呼びかけに反応しないのも奇妙だ。夕方に近いこの時間帯でも、気温は体温とさほど変わらないため、熱中症になりかけている可能性もあり、百子の焦燥は高まるばかりだ。

「ねえ! 大丈夫?! こっちよ!」

百子は早口にまくし立て、少女を抱き上げて道路から離脱しようと走ったその時だった。

こちらに猛スピードで肉薄する車があったのだ。

タイヤが悲鳴を上げ、百子は咄嗟に歩道側へと跳んだ。視界が瞬時にアスファルトの褪せた黒が眼前に迫り、頭は打たなかったが、体の右側を強く叩きつけられて頭の中が赤く塗りつぶされる。そのまま何度か転がってしまい、側頭部を強かに打ち付けてしまった。

百子が最後に見たのは、腕の中にいる泣きじゃくる少女と、頭の下にじわりと広がる、鉄錆の匂いをさせる暗赤色の水たまりだった。
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