神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「兄上が…これで諦めてくれれば良いのですが」

フユリ様は、困ったような顔でそう言った。

…そうだな。

諦めてくれたら、俺達としても大助かりなんだが…。

…残念ながら、そうは行かないだろうな。

「…諦めるどころか、余計にプライドを刺激してしまったかもしれませんね」

シルナが言った。

…うん。俺もそう思う。

妹に侮辱されて、腹を立てて刺客を送り込んだのに。

今度はその刺客…ルディシアに裏切られ、あろうことかルディシアは、憎きルーデュニア聖王国に亡命した。

ナツキ様にとっては、恥の上塗りも良いところ。

諦めるどころか、更にいきり立っている可能性が大。

「そうですね…。…兄上は分別を弁えている方。国家間で問題になるようなことはしない…と、私は信じていますが…」

それは儚い希望だな。

ナツキ様は既に行動を起こしている。

アーリヤット皇国皇王直属軍の軍人が、悪意を持ってルーデュニア聖王国に潜り込んできた。

これだけでもう、充分大問題だよ。

勿論、この件でナツキ様を責めることは不可能だ。

ナツキ様はルディシアに命令した訳じゃない。ただあくまで、ルディシアに「暇潰し」を勧めただけだ。

問い詰めたって、ナツキ様は自分には関係ないとしらを切るだろう。

こちらとしても、ナツキ様を責め立てる明確な証拠を提示出来る訳じゃないからな。

結局、うやむやのままなかったことにされるだろう。

悔しい話だが。

こうなっては…こちらから為す術はない。

フユリ様だって、それは分かっているはずだ。

しかし。

「無駄かもしれませんが…私の方から、兄上に抗議します。二度とこのようなことがないように…」

せめて少しでも、自分に出来ることを…と思ったのだろう。

フユリ様はそう言ってくれた。

「ありがとうございます。学院としても、しばらくは警戒しておきます」

「ごめんなさい、シルナ学院長。私のせいで危険な目に遭わせてしまって…。…あなたもです、羽久先生」

えっ、俺?

自分はアウトオブ眼中だと思ってたから、突然話しかけられてびっくりした。

女王に頭を下げられるなんて、あまりに畏れ多くて、こちらが謝りたくなる。

「そんな…気にしないでください。それに…シルナが命を狙われるのは、今日に始まったことじゃないんですから」

もうとっくの昔から、イーニシュフェルト魔導学院は色んな連中に狙われてるよ。

今まで、一体いくつの修羅場を乗り越えてきたと思っているのだ。

アーリヤット皇国の…『HOME』だって?

そんなものが怖くて、イーニシュフェルト魔導学院の教師をやってられるか。

来るなら来い。返り討ちにしてやる。

「それよりも…フユリ様も、くれぐれもお気をつけください」

痺れを切らしたナツキ様が、今度はシルナではなく、直接フユリ様を狙わないとも限らない。

シルナよりよっぽど心配だ。

「ありがとうございます。…学院の他の教員の方々にも、くれぐれも宜しくお伝え下さい」

…全く、こんな懐の広い女王陛下の兄が。

魔導師を奴隷扱いする条約を考えたり、挙げ句妹への腹いせで、刺客を送ってきたり…。

フユリ様も頭痛の種が増えたに違いない。申し訳ない。
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