追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

121.大切だからこそ

     ***

 フレイヤが懇願すると、シルヴェリオは戸惑いを露にした。

「本当に……自分からついて行ったのか?」
「はい、その通りです!」

 フレイヤは、少し後ろめたさを感じながらも、ハッキリと言い切った。

 シルヴェリオが目を眇めて、訝しげにフレイヤを見つめる。

「責任感が強いフレイさんなら、いくら咄嗟に相談を受けたとしても、ついて行く前に俺に連絡をしてくれたのではないか?」
「うっ……」

 フレイヤは思わず声を上げてしまい、慌てて口元を隠した。
 
 シルヴェリオの言う通り、仕事を抜け出す時にはあらかじめシルヴェリオに連絡していただろう。シルヴェリオだけではなく、アレッシアたちにも、持ち場を離れることを伝えていたはずだ。
 
「……アレッシアさんやサヴィーニガラス工房の職人たちは、フレイさんが突然消えたから、魔法を使った誘拐に遭ったと判断して、エルナさんを通じて姉上に助けを求めた。彼女たちが勘違いして騒いだことにするのか?」
「……っ、それは……」

 予期せずアレッシアたちのことを持ち出されてしまい、フレイヤは言葉を詰まらせた。

 救出のために騎士団が出動しているというのに、勘違いだったと言えば、アレッシアたちは人騒がせなひとたちとして、少なからず世間から冷ややかな目で見られるだろう。

(私ったら、アレッシアさんたちのことを全く考えていなかったなんて……大バカ者だ)

 咄嗟についた嘘のせいで、大切な仲間に迷惑をかけたくない。
 それに、心配してくれたアレッシアたちを裏切るようなこともしたくない。

(でも、第一王女殿下たちを見捨てたくないよ……)

 どうにかして、どちらも叶えられないだろうかと思案を巡らせるが、何も浮かばない。
 ぐるぐると回る思考がまとまらず、自分自身に焦燥を覚えた。

「――フレイさん」
 
 顔を上げると、眉尻を下げたシルヴェリオと目が合う。困り顔というより、フレイヤを心配してるような表情だ。

「問い詰めるようなことを言って悪かった。ただ、フレイさんが自分には非がないのに償いをしようとしているから、止めたかったんだ」

 フレイヤはシルヴェリオの言葉を聞いて、ギクリとした。彼はフレイヤがしようとしていたことを全てお見通しだったのだ。
 
 そして、シルヴェリオはいかなる時でも自分を守ろうとしてくれていることに、改めて気付かされる。

「アレッシアさんたちに説明して協力してもらったら、口裏を合わせられる。そうすれば、アレッシアさんたちが勘違いして騒いだと言われることはないだろう。騎士団から調査を受けても、第一王女殿下が誘拐したことにならなくて済むはずだ。俺から説明しておくし、ネストレ殿下にも上手く言っておく」
「……つ、ありがとうございます……!」

 フレイヤはシルヴェリオから解決策を聞いて安堵した。知らずのうちに力が入っていた肩が、ゆっくりと下がる。

「これからも、フレイさんが俺の力を必要とする時は力になる。その代わり、約束してほしい。――どうか、自分が悪くないのに謝罪したり、他者の罪を背負うことは止めてくれ。フレイさんの善意が悪用されることだってあるんだ。自分を大切にしてほしい」
「……嘘をついてしまい、申し訳ございませんでした」

 フレイヤはしゅんと萎れて謝る。

 シルヴェリオたちに心配をかけておきながら彼らに嘘をついていたことを申し訳なく思う。
 
 バツが悪そうなフレイヤの姿に、シルヴェリオはクスリと笑った。

「また謝っているぞ。人に心配された時は、受け止めたらいい。もちろん、納得いかなかったら、反論する必要があるのだが……」

 シルヴェリオはそこまで言って、「とはいえ、今回の件に関しては異論を認めない」と付け加えた。

「フレイさんは困っている人を見ると放って置けない性格だから、放って置けなかったのだろう。それはフレイさんの長所だから、止めろとは言わない。……だが、フレイさんが何者かにつけ入れられて、傷つけられるのは嫌なんだ。だから、フレイさんが傷けられることになると判断した時は、止めさせてもらう」

 シルヴェリオはそういう時、視線を再びラグナに向けた。今度は冷気を漂わせていないが、眼差しは相変わらず鋭い。見る者を震えさせるような気迫を込めている。

「あなたがフレイさんにしたことを簡単には許せませんが、アーディル殿下から事情を伺いましたので、オルメキア王国の宰相の陰謀を止めることには協力いたします」
「……彼からは、どこまで聞いたの?」

 ラグナが緊張した面持ちで尋ねる。
 
「アーディル殿下が、幼少期に亡くなったイルム王国の第一王子を模した人造人間(ホムンクルス)であることから、彼の祖父と叔父がオルメキア王国の宰相と取引をしようとしていること、そして、あなたがそれを阻止しようとして動いていることまで、全てです」
「えっ……アーディル殿下が、人造人間(ホムンクルス)?」

 フレイヤは思わず声を上げてしまった。

 オルフェンの話によると、人造人間(ホムンクルス)は人間の姿をしているけど、中身は魔物と大差ない化け物だったはずだ。

 しかし、アーディルは見た目も中身も人間そのものだった。不自然な点は全く無い。

「フレイさんはまだ、アーディル殿下のことは聞いていなかったのか」

 シルヴェリオはそう言うと、アーディルから聞いたことを教えてくれた。

 全て聞き終えてもなお、フレイヤはアーディルが人間ではないことが信じがたかった。

(そういえば、アーディル殿下はイルム王国で恐ろしい人造人間(ホムンクルス)が人に紛れて生活しているという噂が流れていると言っていたけど、そんな噂を聞くたびに、どう思っていたのかな…)

 誰かの代用にされるのではないかと、心配しているのだろうか。
 ふと、そのようなことを考えた。
 
「イルム王国内でも知る人が限られている秘密を話したということは、アーディル殿下はコルティノーヴィス卿をとても信頼しているのね」

 ラグナは感心したように呟く。

「私が彼の正体を知ったのは、宰相たちの話を盗み聞きした時だったのよ。だから、初めてアーディル殿下に近づいて、彼の秘密を知っていることを言った時、彼の侍従が殺気を放ってきたわ。きっと、秘密を守るために私を殺そうとしたわね。アーディル殿下が止めたら、渋々止めていたけど」
「ひっ……」

 ラグナの話を聞いたフレイヤは、ぶるりと震えた。アーディルの侍従といえば、ラベクのことだろう。

 いかにも強そうなラベクに殺気を向けられたら、自分ならそれだけで息が止まりそうだ。

「……さて、その件については騎士団が到着してから話しましょう」

 シルヴェリオはコホンと空咳をして、ラグナの話を中断させる。
 
「まずは今回の誘拐について、どう口裏を合わせるかが先決です」




***あとがき***
先週分の更新が大幅に遅れて申し訳ございません!
今週分の更新はまた来週の水曜日ごろに投稿します!
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