追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

122.筋書きを描く

 そうして、フレイヤたちは、フレイヤとラグナがサヴィーニガラス工房からこの屋敷まで転移した時の状況を、改めて確認することにした。
 
 シルヴェリオがその場を取り仕切ることになり、フレイヤに質問する。
 
「ここに来る直前のことについて、フレイさんから話してくれるか?」
「わかりました」

 フレイヤは頷くと、当時の状況を頭の中に思い浮かべる。
 
「あの時、私と第一王女殿下以外の人たちは、時間が止まっている状況でした。それに、第一王女殿下は子どものお姿だったので、サヴィーニガラス工房の人たちは第一王女殿下の本当のお姿を見ていないことになります」
「なるほど、子どもに姿を変えてフレイさんに近づいて、油断させたのか」
 
 シルヴェリオは魔法を使い、フレイヤの話の内容を光の文字で宙に書き留める。
 そして、やや棘のある眼差しをラグナに向けた。視線を受けたラグナは、小さく肩を竦める。
 
「子どもの姿になって、フレイヤさんたちを騙したことは申し訳ないと思っているわ。だけど、子どもの姿になった本当の目的は、宰相の目を欺くためよ。徹底的に姿を変えていないと、宰相の息のかかった者に見つかるのではないかと不安だったのよ」
「……そうでしたか」

 シルヴェリオは非難めいた視線はそのままに、淡々と相槌を打つと、ラグナが言ったことも魔法で宙に書き留めた。

「次に、第一王女殿下から見た当時の状況を教えていただけますか?」
「私は伝令用の魔法の鳥が現れた時に時間を止めたわ。その時、あのガラス工房にいた人たちの数名は私たちを見ていたわね。だけど、私たちが転移してすぐに時間を止める魔法を解いたから、誰も私の今の姿は見ていないはずよ」
 
 ラグナの話を聞いたフレイヤは、当時の状況を想像する。
 アレッシアたちからすると、目の前にいたフレイヤと少女が、何の前触れもなく急に姿を消したものだから、かなり驚いただろう。

(エイレーネ王国では稀に、人攫いと結託した魔導士が転移魔法を使って誘拐事件を起こすことがあるから、シルヴェリオ様はすぐに転移魔法を使った誘拐だと思ったのかもしれない)

 シルヴェリオと再会した時、シルヴェリオは転移魔法で移動できる距離を踏まえてフレイヤを探していたという趣旨の話をしていた。
 
 フレイヤはちらりと、シルヴェリオの様子を窺う。
 シルヴェリオはちょうど、書き留めたメモを眺めた後、今度はアイリックに視線を移したところだった。

「第一王女殿下がフレイさんのそばにいた時、第一王子殿下とメイドはなにをしていましたか?」
  
 シルヴェリオの質問に先に答えたのはアイリックだ。
 
「私は眠っていた。ラグナの転移魔法でここに来た時に、転移する感覚に酔ってしまったからな。その間、リブは私の看病をしていたから、この屋敷から一歩も出ていない」
「アイリック殿下が仰る通りです。私はこの屋敷の中でアイリック殿下の看病をしたり、屋敷を掃除していました」

 アイリックが答え終わるとすぐに、リブが続いて答えた。
 また、リブはこの国に来るまでに自分が頻繁にこの地に赴き、滞在中はアイリックの看病に専念するため、あらかじめ物資を備蓄していたことも明かした。

「――わかりました。お二人が全く外に出ていないのですね」

 シルヴェリオは顎に手を添えて、魔法で宙に書いた文字をじっと見つめて思案している。
 ややあって、彼はその手を解いて振り返り、フレイヤに微笑んだ。
 
「どうしようかと思っていたが、意外と上手くいくかもしれない」
「本当ですか!?」

 不安でいっぱいだったフレイヤの表情が明るくなる。
 
「この一件、オルメキア王国の宰相たちの陰謀を止めることに利用しようと思う」
「利用するですって?」

 ラグナが思わず聞き返した。まるで、そんなことができるのかとでも言いたげだ。
 
「ええ、第一王女殿下はオルメキア王国の宰相に気づかれないよう子どもの姿に変装していたという理由をそのまま使い、いかに第一王女殿下方が宰相らの脅威に怯えているのかを印象付けさせるのです」
「心理的な作戦に使うということね。……だけど、それで宰相の策略に勝てるかしら?」
「今回の件は、あくまでエイレーネ王国の騎士団と魔導士団を動かすことを主な目的として活用します。心理的に訴えかけるような背景がないと、フレイさん――自国民を誘拐したあなたに手を貸してくれないでしょう」
「うっ……そうね。私が彼らの立場なら、そう思うわ」

 痛いところを突かれたようで、ラグナが小さく呻いた。

「子どもに変装した第一王女殿下は、宰相たちの目を避けながらフレイさんを探し出した。ネストレ殿下を目覚めさせたという、奇跡の香水を作るフレイさんに助けを求めるために。そうして運良く見つけ出し、正体を明かそうとしたが、ちょうどメイドから魔法で連絡があり、周囲にその連絡内容が知られないよう魔法で時を止めた。しかし、フレイさんには俺がかけた守護魔法が発動していたからかからなかった。そうして手紙を受け取った第一王女殿下は、第一王子殿下が酷い発作を起こしたと知り、緊急事態のためフレイさんに助けを求めてそのまま一緒に来てもらった。時間が止まっていたせいでその当時のことを知らないアレッシアさんたちは、元カルディナーレ香水工房で働いていた調香師がフレイさんに職を求めて断られたから腹いせで誘拐したと思って心配していた、ということにするのはいかがでしょうか?」
 
 シルヴェリオが話し終えると、フレイヤが小さく拍手をした。

「それなら、誘拐した事にはなりませんね! それに、実際に元カルディナーレ香水工房の調香師だった先輩がコルティノーヴィス香水工房に来たところを目撃した人もいるので、疑われなさそうです」
「第一王女殿下が伝令魔法の鳥が現れた時に時間を止めていらっしゃったから、誤魔化せるだろう。ただ、騎士団はともかく、サヴィーニガラス工房の人たちには今回の事件に第一王女殿下と第一王子殿下が関わっていたことは、伏せてもらおう。お二人は魔力の強い平民で、お二人の敵は宰相ではなく、お二人を狙う人買いとでもしておきましょう」
「どうして、隠すのですか?」
「知る人が多ければ多いほど、情報が漏れてしまう。そうして、第一王女殿下と第一王子殿下がエイレーネ王国の騎士団と接触したと宰相たちが知れば、予定を変えて行動を起こさないかもしれない。だから、敢えて隠しておく」
 
 話していたシルヴェリオが、ふと何かに気づいたように、視線を部屋の扉へと向ける。同じくラグナとアイリックも、警戒するように扉を見つめた。

「大人数でこの屋敷に近づく気配を感じる。どうやら、騎士団が到着したようだ」
「も、もう来たのですね……」
 
 緊張したフレイヤは、ごくりと唾を呑みこんだ。
 いよいよ、ラグナたちが連行されないように、嘘を吐かなければならない。
 
「緊張して、上手く言えなかったらどうしましょう……」
「その時は俺がフォローするから心配しなくていい」

 フレイヤは安堵の混じった声で返事をする。
 シルヴェリオの言葉のおかげで、少し緊張が解けたような気がした。
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