追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

125.主従のすれ違う想い

 ラグナやアイリックたちを乗せた馬車を見送ったフレイヤは、ネストレが手配してくれた幌馬車に乗る。
 乗り合わせているのは、シルヴェリオとネストレにアーディルとラベクとオルフェンだ。御者台には、騎士団の副団長でネストレの従兄弟であるレオナルドが乗って馬を操っている。
 
(平民の私が王族や貴族と一緒に乗っていいのかな……)

 フレイヤは幌馬車の端でぎこちなく縮こまる。

 リベラトーレが騎士たちが乗る別の幌馬車に乗り込んだため、自分もそこに乗るべきだろうと思ったフレイヤが乗ろうとした途端、シルヴェリオがさっとエスコートして自分と同じ幌馬車に乗せたのだ。

 隣にはシルヴェリオがいて、向かい側にはアーディルが座っている。ちらりとアーディルを見ると、アーディルがフレイヤの視線に気づいて振り向いた。

「フレイヤ殿は、私が人造人間(ホムンクルス)だと聞いたか?」
「は、はい……」

 機密事項のような秘密に触れたことを、素直に答えていいのだろうか。
 躊躇いながらも頷くフレイヤに、アーディルは優しい笑みを浮かべる。まるで、フレイヤを怖がらせないように気遣っているような表情だ。
 
「私が怖いのであれば、背を向けていると良い。視界に入るとどうしても、不安になってしまうだろう」
「怖いだなんて、思っていません。ただ……俄には信じ難いのです」
「信じ難い?」

 予想していない答えだったようで、アーディルはキョトンと首を傾げた。

「はい、人造人間(ホムンクルス)は理性がないと聞いていたのですが、アーディル殿下は理性があり、人間らしい会話や反応をされるので、人造人間(ホムンクルス)のようには思えませんから……」
「なるほどな。人造人間(ホムンクルス)としては、私は例外の個体らしい。今のところ、私が最後に造られた人造人間(ホムンクルス)らしいか……それまでに造られた人造人間(ホムンクルス)は、どの個体も理性を持たなかったようだ」
 
 アーディルが作られて以来、アーディルの祖父と叔父は自分たちだけが完璧な人造人間(ホムンクルス)を作る錬金術師だという実績を守るため、王国中の錬金術師が人造人間(ホムンクルス)を作らないよう、厳格に監視するようになった。
 その権限を手に入れるために、アーディルの母親を使って国王に取り入り、国内にいる錬金術師たちを監視する権限を得たのだ。

「それでは、アーディル殿下が工房に来た際に仰っていた噂――イルム王国で恐ろしい人造人間(ホムンクルス)が人間に紛れて生活しているというのは、ただの噂だったのですね」
「その噂は私が流した噂だ」
「ええっ?! なぜそんな噂を?」

 フレイヤは尋ねずにはいられなかった。
 
 噂を聞いた者が探りを入れたら、アーディルが人造人間(ホムンクルス)であることが明かされる可能性があるのだ。
 それなのに敢えて人造人間(ホムンクルス)の噂を流すなんて、あまりにも危険だ。
 
「私が人造人間(ホムンクルス)であることを、誰かに暴いてほしかった。だから、コルティノーヴィス卿が私に変装解除をかけた時、もしかするとこの人間の皮が剥がれて化け物らしい姿になったのではないかと期待したのだ」
「アーディル殿下! なんてことを仰るのですか!」

 これまで必要最低限の言葉しか喋らなかったラベクが、悲痛な声で叫んだ。
 
「……誰が何と言おうと、あなた自身が否定したとしても――私にとってあなたはあなたは化け物ではなく尊き御方なのです。あなたがこれまで刻んできた軌跡を知っているからこそ断言します。あなたはイルム王国の王族の中で誰よりも民を想い、行動できる御方です」
「ラベク……珍しくよく喋るではないか」 

 アーディルは曖昧な笑みを浮かべている。まるで、ラベクの言葉は嬉しいが、受け入れるような心の準備ができていないといった表情だ。
 
「このまま私が国王になれば、人造人間(ホムンクルス)が国を治めることになるのだぞ。果たしてそれでいいのかと、ずっと悩んでいる」
「いかなる事態が起きても、アーディル殿下のお手を煩わせないよう私が対処いたします」

 ラベクが力強く言い切る。決意に満ちた瞳は一切揺らがない。
 きっと、彼は何が起こっても有言実行し、アーディルの王太子――いずれ国王になった時に彼の立場が盤石であるよう尽くすだろうと、フレイヤは感じるのだった。

「……」
「……」

 アーディルもラベクも黙ってしまう。幌馬車の中に気まずい空気が流れた。
 そこで、ネストレがコホンと空咳をする。
 
「まずはアーディル殿の祖父殿と叔父殿たちの企みを止めてから、将来のことを考えよう。早速だが、作戦会議をしないか?」
「ああ、そうしよう」

 アーディルが笑顔で答える。その隣で、ラベクは傷ついたような表情でアーディルを見ていた。
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