腹黒御曹司の一途な求婚
 個室に入った途端、私の体は二本の眼差しに射貫かれた。そのうちの一本には強烈な敵愾心が宿っていて、たじろぎそうになるのをなんとか堪える。
 数歩先の床には粉々に砕けたワイングラスの破片が散乱していて、現場の混沌さをもののみごとに物語っていた。

 私はすぐさま腰を九十度に折り、謝罪の言葉を口にした。

「責任者の美濃でございます。この度は当店のスタッフがお客様にご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 私の言葉に被さるように、バンッ!と勢いよく机を叩く音がした。衝撃で机上のシルバーもガチャガチャと音を立てている。
 頭は依然として下げたまま、「手、痛くないのかな……」なんて、ちょっと現実逃避がちに心配していると、扉越しに聞こえてきた時よりも数段鋭利な金切り声が私の鼓膜に突き刺さった。

「ちょっと!あなたの店の教育はどうなってるわけ?!客に色目をつかうなんて、まったくとんでもないスタッフね!!」
「大変申し訳ございません……」
「謝れば済むとでも思ってるの?!大体ね、」
「いい加減にしてくれ。全部あなたの被害妄想だ。これ以上騒いでお店に迷惑をかけないでもらいたい。すみません美濃さん、下がっていただいて結構ですから。お騒がせして申し訳ないです」
 
 耳をつんざく怒号に割って入ってきたのは、落ち着きを払った低音の美声。
 ゆっくり顔を上げると、立派なスーツに身を包み、苦々しい表情で腕を組んで座る秀麗な面立ちの男性――久高蒼士くんその人と目が合った。
 
 刹那、すっきりとした切長の目がジッと私を見据える。
 その怜悧な眼差しは私の何もかもを見透かしてしまいそうな気がして、そっと視線を外した。手のひらからじんわりと、嫌な汗が滲み出てくる。
 だが、そんな動揺もキンキンと鼓膜に突き刺さる声によってかき消されていった。
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