初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
「違いますからあぁ!」
 叫んで、逃げ出した。
 必死に逃げた。
 だから、彼がまた笑っていたなんて、初美はまったく気が付かなかった。



 仕事中は彼が気になって仕方がなかった。
 彼は初美を気にすることなく仕事をしている。
 余裕あるなあ、と初美はため息をついた。

 ふとした瞬間に、つい彼を見てしまう。
 やばい、人に気づかれたらどうしよう。
 そう思うと余計に緊張して彼が気になってしまう。

 結局、と初美は思う。
 彼は自分のことなんてどうでもいい、行きずりの相手なのだ。
 だから隣に居ても平然としてるんだ。
 だから体だけの関係なんて平気な人なんだ。
 だからゴムも都合よく持っていたに違いない。
 だから今朝だって、誘ってるのか、なんて聞いてきたに違いない。

 自分は自分で、朝っぱらからエッチのことで頭がいっぱい、なんて人間だと思われていたらどうしようかと心配になった。
 恥ずかしくて恥ずかしくて、なかなか仕事に集中できなかった。


 
 終業時刻を過ぎた頃だった。
 仕事にキリがついたので蓬星に確認して、帰ろうとした。
「そういえばこれ、忘れ物だよ」
 蓬星は、一冊のマンガを差し出した。コピー用紙に包まれているが、うっすらとピンク色が透けている。

 これは!
 初美は慌てた。
「朝、落としていったよ。こういうの好きなの?」
「違います。と……」
 友達が、と言いかけて止まる。人のせいにしているみたいでみっともない。それに、友達が誰なのかバレたときに迷惑がかかるかもしれない。

「恋愛マンガです!」
「ふうん」
 信じてなさそうに、彼はうなずいた。
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