御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい

彼のことがわからない

彼との交際は順調だった。
仕事が忙しくなるとまた連絡が途絶えたり、真夜中にメッセージが届いたりすることもあったが、彼は私を不安にさせないようまめに連絡をするように心がけてくれているようだ。
仕事がひと段落すると私のマンションに来ることも増えていった。週末だからと言って休みになるとは限らないため、彼は合間を縫って私に会いにきてくれる。彼が今日行けそうとメッセージを送ってくると、仕事を大急ぎで終わらせ、買い物をして帰るようになった。彼は意外と家庭的な料理が好きなようで酢の物や煮物も好んで食べてくれた。
メッセージのやり取りも好きだけど、やはり直接会うと彼への気持ちが昂り、胸がドキドキしてしまう。何度一緒に過ごしても慣れることはなさそう。そのくらいいつも彼に恋している。
私のベッドに二人で眠るのは狭い。でもその狭さが心地いい。なんの理由もなくピッタリとくっついて眠る時間が幸せでならない。彼の胸に顔を埋め、彼の心音を聞きながらうとうとするのが幸せだ。
耳元で聞こえる彼が私の名前を呼ぶだけで私は胸が苦しくて彼をぎゅっと抱きしめてしまう。彼はいつでもそれを受け止めてくれ、何度も頭を撫でてくれた。
週末に休みが重なると彼は私を外へと連れ出してくれた。付き合う前までは一人で金曜の夜は美味しいものを食べ歩いていたが、女の子ひとりは危ないからと止められてしまった。こんなぽっちゃりを襲う人はいないと言っても彼は首を縦に振らなかった。

「みちるは自覚がなさすぎる。こんなに可愛いんだから自信を持って。それに何度も言うが、みちるは太っていない。俺が直接見て言うんだから間違いない」

直接見ているだなんてはっきりと言わないでほしい。本当に恥ずかしい。
彼は引き締まった胸や腕があるからいいだろうが、私にはそれがない。ぽっちゃりとしか形容し難い。
心配性の彼のせいで私のおひとり様はなくなり、そのかわりに彼との時間が増えていった。

【みちる、久しぶりにドライブに行かないか?】

最近また彼は忙しくて、2週間くらい会えていなかった。連絡は来るが、電話のタイミングもずれてしまっていた。うちにも来れずに研究所に泊まり込んだりしているようで、わがままは言えずにいた。なので、彼からのこのお誘いは飛び上がるくらいに嬉しくて、すぐに行きたいと返信をした。

土曜の朝、彼はいつもの白い車で家まで迎えに来てくれた。金曜の夜にうちに来て一緒に出ようと話をしていたが、仕事が終わらないと連絡がきた。そんな夜遅くまで仕事をしているのなら今日は無理して出かけずに家でゆっくりしたらいいとメッセージを送ったが、彼は一緒に出かけようとひかなかった。結局朝うちに迎えにきてくれるので話がついてしまった。

「蒼生さん、本当に大丈夫?」

会って早々に私は心配で声をかけた。

「そうだな、とても疲れているからゆっくりしに行こう。みちるにも癒してほしいし」

少し頬が痩せたように見える彼は意地悪な表情で私の顔を見ると、頭に手を乗せ、ポンポンとした。そして車はゆっくりと走り出した


「朝ごはんは食べた?」

「いや、まだだ」

「よかった」

手にした紙袋の中からホットコーヒーとサンドウィッチを取り出した。元々彼がうちに泊まったら朝出そうと思って準備していたものだった。包まれた卵サンドを渡すと彼は驚いたような顔で私の顔を見ていたが破顔した。

「みちる、ありがとう」

彼のこんな顔を見れただけで私は大満足だ。
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