御曹司と再会したら、愛され双子ママになりまして~身を引いたのに一途に迫られています~【極甘婚シリーズ】
「つまり買収されたわけだが、敵対的なものではない。動揺しないように」
 
そのまま彼は事情を話しはじめた。
 
今年六十になる花田は子がおらず後継がいない。

べつに世襲にこだわっているわけではないが、社員の中にも適切な人材は見当たらない。

あと十年もしたら、花田文具は存続の危機に陥ることは目に見えていた。

「天瀬商事の傘下に入ればそのような心配はなくなる。外国からのお客さまが増えて過渡期にある我が社にとっては、いい話なんだよ。創業以来大切にしている"丁寧な仕事"という我が社の理念を、理解してくださってのことだ。私も力が続く限りは社長として残る」
 
つまり株主が変わるが、差しあたって大きな変化があるわけではないと知り、その場の空気が少し緩んだ。

むしろホッとしたような表情の社員もいる。

花田の後を誰が継ぐのかは、社員にとっても心配なところだった。

花田が引退しても会社が継続できるなら、安心だ。

「君たちの雇用条件についてはそのままという確約はいただいている。うちの万年筆は誰にでも作れるものではない」
 
花田が温和な笑みを浮かべた。
 
そこで完全に皆の表情が和らいだ。

花田は温和なだけでなく、海外製品が流入し、苦境に立たされた時期も会社を潰すことなく率いてきた人物で、皆に信頼されている。

その彼が会社のために下した決断なのだ。間違いないと確信する。
 
祝福ムードになる中で、有紗だけはひとり取り残されている。

言うまでもなく、買収先が天瀬商事だからだ。思わぬ事態に息を呑む。

「真山さんは、古巣に戻ることになるわけだ」
 
隣の席の社員の言葉に、曖昧な笑みを浮かべるのがやっとだ。

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