凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜
次の瞬間、そこにカルロスの姿はなく、馬だけが残されていた。
「詰め所まで来てもらおうか」
カルロスの真後ろに位置していたパン屋の裏手にて、息をひそめて身を隠していた黒外套の男の背中へと、カルロスが剣先を突きつけていた。
両者の殺気が混ざり合い、緊張感が張り詰める中、カルロスは挑戦的に口角を上げた。
「拒否するなら、このまま首を跳ね飛ばす」
宣言した瞬間、店の表の方から悲鳴とどよめきが上がる。「黒精霊よ!」と女性が引き攣った声で叫んだ後、幼い男の子の泣き声が続いた。
「お仲間の仕業か」
先ほどは一緒にいたもうひとりの姿が見えないため、カルロスが苦々しく吐き捨てると、フードの下で男が小さく笑った。
「俺に構っていて良いのか? 被害者が出るぞ」
低い声で告げられた言葉は、次々と上がる悲鳴と苦悶の叫び声で現実味を増していく。
カルロスは舌打ちすると、男の元から広場へと戻っていく。見回せば、すでに三人ほどが闇の魔力によって暴れ出していた。逃げ惑う人々の中に、騒ぎに気付いた戻ってきた団員たちの姿もあった。
「黒精霊」
広場の上空にはぽつりと黒精霊が浮かんでいる。ぶつぶつと何かを唱えるその女の黒精霊の足からは短い鎖が垂れ下がっていて、カルロスは城で見た精霊と同じだとすぐに判断した。
黒精霊の虚ろな眼差しがカルロスに向けられ数秒後、ゆっくりと宙に溶け込むかのように姿を消す。
カルロスは苛立ちを込めるかのように剣の柄をぎゅっと握り締め、この場を鎮めるべく、力強く地面を蹴って走り出した
+ + +
騎士団の詰め所に魔法薬を運んでからちょうど一週間後、再びエリオットがルーリアに会いに屋敷を訪れた。
もちろんやって来た理由は魔法薬生成の依頼で、既にカルロスの許しを得ていたこともあり、ルーリアはその場で引き受けたのだった。
それから三日が経ち、ルーリアが魔法瓶に栓をし、ふうと大きく息を吐き出したところで、カルロスが書斎に姿を現した。