追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ

番外編3、ノクス先生の特別授業

「攻撃魔法が扱えるようになりたい、ってひーさんが?」

 エレナは頷き、

「守られてばかりは嫌なの」

 ノクスに何か方法がないかと尋ねる。
 回帰前の人生では、無抵抗のまま搾取されて一生を終えた。何か策を講じなければ、今回もそうなる可能性だってある。
 一朝一夕でどうにかなるものではない事は十分承知しているが、それでも戦うための手札が欲しい。

「んーまず、ひーさんの属性的に攻撃向きじゃない」

 エレナの得意とする魔法は"音"。
 その上、誰かを傷つけることはエレナの性格的に向かない。
 攻撃魔法は本人の想いに威力が左右される面もあるため、難しいのではとズバッとノクスは言い切る。

「うぅ、それは分かっているんだけども」

 ノクスの尤もな指摘に唸りつつも、

「いざという時に反撃できる方法が欲しいの」

 エレナは引かず、ノクスに教えを乞う。

「"音"ねぇ。なくはないんだけど」

 音、も使い方次第では強力な一打を与えることはできる。
 例えば、近距離で爆音を鳴らせば相手の動きを封じられるだろうし、音で脳に情報を錯覚させて昏倒させる可能性もあるが。

「ぶっちゃけひーさん接近戦向きじゃねぇから教えたとこであんま意味ねぇなって。お館様やリーファレベルで接近戦こなせないと」

 相手に魔法がかけられるほど近づけなければ意味がない。
 ノクスの容赦ない酷評に凹むが、ルヴァルやリーファを引き合いに出されたら納得せざるを得ない。

「けど、まあココで生きていく気なら最低限自分の身は自分で守らなきゃだな」

 シュンとなってしまったエレナに慌ててフォローを入れるノクス。

「ノクス……も、きっととっても強いのよね」

 ノクスに慰められながら、エレナはぽつりと尋ねるが、

「はは、ひーさん俺のドコ見てそんな事言ってんの?」

 ないないとノクスは手を振ると、

「俺、"逃げ専"なんだよ」

 ニヤっと笑った。

「逃げ……専?」

 聞き慣れない単語にエレナは首を傾げる。

「そう、生き延びた奴が勝ちってな」

 そもそも化け物共を相手になんで相手のフィールドで戦わなきゃなんねぇの? とノクスは前提を覆す。

「相手と同じ土俵に立たない。これだって立派な戦略だ」

 魔力回路治療中の今は理論しか教えられないけどと言いつつ、ノクスはエレナ向きの戦い方と魔法展開の術式を教授する。

「遠距離戦」

 それは自分の射程圏内で講ずる一方的な殲滅術。

「ただ、ま。やるなら、躊躇うなよ」

「……躊躇ったら、どうなるの?」

「そりゃあ、勿論」

 と、ノクスが続きを伝えるより早く。

「こうなります、よっと」

 音もなく近づいて来たリーファが一瞬でノクスの背後を取り、技をかける。

「ちょ、まっ……タンマ! マジで待って。ギブギブギブギブ!!」

 ノクスの懇願は届かず、リーファは容赦なく締め上げ続け、ガクっとノクスは動かなくなった。

「えーっと、ノクス……無事?」

「生きてはいると思いますよ?」

 これでも手加減しましたのでとリーファはノクスを床に転がす。
 数秒後。

「……だぁぁー!! リーファ! いきなり何しやがるんだ!!」

 死ぬかと思ったわとノクスは盛大に文句を言って起き上がった。

「何、って実践?」

 しれっとそう宣ったリーファは、

「だいたい、ノクスがいきなりエレナ様に物騒な事吹き込もうとするのが悪いんでしょ!?」

 怖い目に遭いましたねとリーファはエレナを抱きしめるが、ぶっちゃけ言葉で言われるより実践を見る方が怖かった。
 とは言えずエレナは沈黙を選択する。

「ほら見ろ! ひーさん引いてるじゃんか!」

「そんなことないわよ! だいたいノクスは大袈裟なのよ。ちょっと背後取って、足掬って、寝技かけただけじゃない」

 武器すら使ってないとため息を吐くリーファ。

「ふ・ざ・け・ん・なよ!? 死ぬわ! 普通に死ぬわ!! 俺の繊細さ舐めんな!!」

 そんな彼女にノクスは全力で抗議する。

「ノクス弱っちぃ。戦場なら秒でやられてるわね」

 が、リーファは煽るように肩を竦める。

「ここは戦場じゃねぇんだわ! 表に出ろや破壊魔がぁぁぁ!!!」

 誰が秒でやられるって!? と簡単に乗せられたノクスはそう言ってリーファに再戦を申し込む。
 逃げ専、とは? 
 そもそも相手のフィールドに立ってはいけないと言う話では?
 などというエレナの疑問は置いてけぼりで。

「えーー? 私は別にここでも構わないんだけど」

「ふざけんなよ、ここでやったら屋敷壊れるんだよ! 誰が直すと思ってんだよ」

「ノクス(即答)」

「お前、マジでふざけんなよ」

 語彙力が消滅したノクスと揶揄う気満々のリーファのいつもの戯れ合いが始まる。

「何の騒ぎだ」

 いつまでも戻って来ないエレナを心配したルヴァルが顔を覗かせた。

「あ、ルル」

 エレナはこれまでの経緯を簡単に説明し、

「ちなみにルルは視覚が塞がれた状態で長距離の魔法をどうやって正確に飛ばしたの?」

 城内での魔物との戦闘を引き合いに出して、ルヴァルにそう尋ねる。
 が。

「勘(即答)」

 シュッとしてパッって感じだなと思った以上に雑な返事が返って来た。
 しかも、誤魔化しているわけではなく真剣に。

「……そっか」

 分かったわと何かを察したように微笑んだエレナは、

「言語化って難しいのね」

 向き不向きがあるものねとルヴァルから魔法を学ぶのは諦めた。

「今日も平和ねぇ」

「ま、日常だな」

 ルヴァルに頭を撫でられながら、こんな日が続けばいいなとエレナは笑う。

 スルースキルが上がったエレナがこの時教わった遠距離戦の魔法を駆使して逃走劇を繰り広げるのはもう少し先のお話し。
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