乞い果てて君と ~愛は、つらぬく主義につき。Ⅲ~
傷ついて弱った体は、手術と薬で八割くらい回復したって。三途の川を一回渡りかけたのに比べたら上出来。ろくに言葉も通じない患者を見捨てず助けてくれた先生達にはほんと、感謝してもしきれない。

いつか地獄で会ったら、あのひとにも言いたくなるかもしれない。・・・わかんない。もし相澤さんを殺したら死んでも赦さない。

『お人好しだね』って、シニカルな笑みを浮かべた顔がよぎった。喉まで出かかったなにかを飲み込んで底の底に沈めた。あたしが知ってるあたしの中の高津晶を。

防音完備の広間でカラオケも始まったらしく、しゃがれてノリのいい歌声が響いてた。

あー。葛西さんあたりが『お嬢も一曲!!』とか、マイク持ってきそう。キライじゃないけどね。半分覚悟を決めて角を曲がる。と。

締め切った格子戸を背に、ほの暗い広縁に佇んだ影がひとつ。こっちを一瞥して仁兄が口許から紫煙を逃した。

「榊はどうした?宮子を追ってっただろうが」

「あーうん、ちょっとね」

濁してクスリと返す。

「すぐ来るって」

「・・・さっきの話だ」

唐突な切り返しに、隣りに並んで仁兄の横顔を見上げた。眼鏡越しの眼差しは外の石庭へ向いたまま。さっきの、結婚の話?

「俺は一ツ橋とお前を守れればそれでいい。真と榊の分までな」
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