早河シリーズ第二幕【金平糖】
 東京都豊島区の住宅街の一角は建設中の戸建て住宅と昔ながらの古風な民家が混在している。

カラフルな洗濯物が並ぶベランダ、どこからか聞こえる掃除機の音に赤ん坊の泣き声、散歩に出かける老人。
午前9時半に近いこの時間帯は家族を仕事や学校に送り出した者達の束の間の憩いの時間だ。

 住宅街の外れに建つ鉄筋コンクリート二階建てのアパートを早河は無言で見つめていた。ここで5年前に何が起きたか想像するだけで恐ろしい。

『見た目穏やかそうな奴ほどキレると何するかわからないですよね』

矢野がアパートの外階段に腰掛けて煙草をふかしている。早河は矢野を横目に見て、肩をすくめた。

 今から20分前のことだ。早河と矢野はこのアパートの二階に6年前から住んでいる石田と言う男を訪ねた。石田は現在25歳の大学院生だ。

寝癖のついた髪を掻き上げて無精髭を生やした石田は早河と矢野を出迎えた。

『昨日、俺にしてくれた話をもう一度この人にしてくれない?』

 矢野が石田に封筒を渡して目配せする。彼は封筒に入る札束を数えると、あくびをひとつして二人を部屋に招き入れた。

『狭苦しい所ですが適当に座ってください。お茶くらいなら出しますから』

石田は一口しかないコンロにヤカンをかけている。六畳間のカーペットの上に早河と矢野は座った。

『5年前の夏は先輩の研究の手伝いやバイトでめちゃくちゃ忙しくて、あの夏のことはよく覚えているんです』

 狭いアパートでは六畳間にいながらもキッチンにいる石田の声は充分聞こえる。

『隣の部屋だった佐伯さんとはたまに挨拶する程度でしたけど、穏やかで感じのいい人でした。……だから、あの時は驚きましたね』

 ヤカンが沸騰の合図の音を鳴らし、彼は火を止めて二つの湯呑みにお湯を注ぐ。湯呑みに注いだお湯を今度は急須に流した。

石田は急須と湯呑みを載せたトレーを六畳間のローテーブルに運ぶ。急須を軽く廻して、彼は二つの湯呑みに交互にお茶を注ぎ入れた。

『佐伯さんの部屋から怒鳴り声と女の泣き声が聞こえたんです。……粗茶ですが、どうぞ』

 早河と矢野の前に湯呑みを置き、彼はベッドに腰掛けた。
< 84 / 113 >

この作品をシェア

pagetop