早河シリーズ第二幕【金平糖】
 早河は出された日本茶をすする。お世辞にも片付いているとは言えない部屋に住む寝癖と無精髭にまみれた大学院生が淹れた日本茶は、想像以上に美味しかった。

『それは5年前のいつ頃の話? 正確な日付はわかる?』

早河に尋ねられて石田は目を細めて少し考えながら口を開く。

『正確な日付はちょっと……。でもまだ大学が夏休みになる前だったので、7月の半ばだったと思います。俺が隣の佐伯さんの部屋から怒鳴り声を聞いたのは夕方でした。あの温厚な人が女を怒鳴りつけるなんて珍しいとは思いましたが、彼女との痴話喧嘩かなって。所詮《しょせん》は人のことだからその時は気にもしませんでした』

 石田の話はそれなりに理路整然とまとまっている。理系の大学院生の立場的なものもあるだろう。

『怒鳴り声を聞いた次の日の夜中、バイトから帰って来た時に佐伯さんが部屋から出てくるのが見えて。このアパートは二階は二つしか部屋がないし、その時の住人は俺と佐伯さんだけなので部屋から出てきたのは佐伯さんで間違いないと思います』
『で、その時に佐伯が毛布にくるんだ何かを抱えてたってことだよね?』

矢野が合いの手を入れた。日本茶と一緒に出された和菓子を矢野は頬張っている。包装紙に記載された和菓子の製造元は静岡県だ。

『はい。夏なのに毛布って言うのが引っ掛かって……クリーニングやコインランドリーに洗濯に行くにも、普通は夜中に行かないですよね。それにその毛布が何て言うか……微妙に人の形に見えてゾッとしたんです。佐伯さんは毛布を車に乗せて、そのままどこかに行ってしまって……。そのすぐ後に佐伯さんが引っ越したので、やっぱりあの時に何かあったのかなってずっと気になってはいました』

 石田の話はこれで終わりだ。早河と矢野は彼に暇《いとま》を告げる。

『お茶、ご馳走さま。旨かったよ』
『地元が静岡で……お茶は良いものを飲めと親が毎月お茶っ葉をまんじゅうと一緒に送ってくるんです。こんなにいらないっていつも言ってるんですけどね。良かったらおひとつどうぞ』

 石田から静岡県産の茶葉の袋を早河と矢野はそれぞれ受け取る。育ちの良さそうな大学院生は苦笑いしつつも嬉しそうだった。
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