早河シリーズ第二幕【金平糖】
 気付いた体の違和感。胸元までかけられた薄手の毛布が身動ぎした拍子に腰までめくれ、膝の上で添えられた有紗の両手首が紐で縛られている。

「早河さんに頼まれたって、あれは嘘なの?」
『早河の名前を使えば君が車に乗ってくれると思ったんだよ』

あのコーンスープにはおそらく睡眠薬が入っていた。早河の名前を使ったのは有紗の警戒心を失くすため。
こんなことをする佐伯の目的がわからない。

「先生……なんで? 学校は?」
『休んだ。もうね、俺も君も学校なんか行かなくていいんだ』

 聞き覚えのある穏やかな声が今は狂気を孕んでいる。有紗は縛られた両手首を擦り合わせた。
紐を外そうと試みる有紗を彼は一瞥する。

『無理に外すのは止めた方がいい。擦りむいて怪我をしてしまうよ』
「だって……なんなの? 先生おかしいよ。どうしてこんなことするの?」
『決まってるだろ。有紗が逃げないようにだよ。騒がれたら厄介だから口も塞ごうかと思ったんだが、有紗の可愛い声が聞けないのは勿体ない』

信号が赤になり、佐伯が助手席に手を伸ばす。彼は有紗の頬をいやらしく撫でた。

「嫌っ! 触らないでっ」

 有紗は佐伯から顔をそむけ、彼を睨む。それまで穏やかな微笑を浮かべていた佐伯の表情が変化した。
彼は冷たい眼差しで有紗を見つめる。

『そういうところもお母さんそっくりだな』
「先生がお母さんの幼なじみって本当?」
『本当だよ。俺は昔から有紗のお母さん……美晴のことが好きだった。だけど美晴は最後まで俺を選ばなかった。だから……』

信号が青になる。ハンドルを握る佐伯は口元を斜めにして冷笑した。

『だから殺したんだ』

 ……コロシタ?

「殺したって……お母さんを……?」

 佐伯の言葉の意味を必死で考えようとしたが上手く思考が回らない。彼は喉を鳴らして笑っていた。
流れる涙は無意識の理解の証。

「ねぇ! 殺したって……お母さんを殺したのっ?」
『そうだ。有紗のお母さんは俺が殺した』
「なんで……」
『アイツが俺を好きにならなかったから』
「そんなの意味わかんない! 好きにならなかったからって殺していいわけない!」

有紗の糾弾も佐伯には響かない。佐伯の奇妙な微笑はやがて無表情の能面に変わる。

『有紗には俺の気持ちはわからないだろうね。俺がどれだけ美晴を好きだったかも、どれだけ兄貴と産まれてきたお前を憎んできたかも』
「何言ってるの?」
『お前は俺の姪だよ』
「……は?」
『有紗の父親は高山じゃない。お前の本当の父親は佐伯琢磨……俺の兄だ。有紗は俺の兄貴と美晴の間に出来た子供だよ』
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