早河シリーズ第六幕【砂時計】
 矢野が車に到着した時には真紀は朝食代わりの弁当を食べ終えていた。

「遅かったじゃない」
『ごめんね。途中で電話してた。さぁて、真紀のカフェオレはどっちに入っているでしょう? 正解すればご褒美のキス、ハズレなら罰ゲームのキス、どっちがいい?』

矢野はコートの右ポケットと左ポケットに手を入れている。

「ご褒美と罰ゲームの違いは?」
『優しいキスか激しいキスか』

 真紀は笑って矢野の右手が入るポケットを指差した。矢野も笑って右ポケットからカフェオレの缶を取り出した。

『あー……正解しやがった』
「優しいのでお願いね?」

助手席から身を乗り出す彼女を抱き寄せて矢野は囁いた。

『言ってなかった? 正解の方が激しいやつだよ』
「えー。それずるい」

 口を尖らせて拗ねる真紀が可愛くて矢野はこの先何が起きても、自分が盾になってでも真紀を守りたいと強く思った。
この先、何が起きても。

         *

 ご褒美のキスを交わして抱き合って、真紀は彼の胸元から顔を上げる。

「ねぇ、警察庁の阿部警視について何かわかった?」

矢野はドアのアームレストに頬杖をついて何か考え込んでいる様子だった。

『ああ……警察庁の阿部ね。警察庁でも群を抜いたエリートで将来の幹部候補筆頭ってことしか今のところは情報がない』
「そっか。口調は乱暴で横柄なのに、とことんエリート街道まっしぐらなのね」
『仕事はできる奴なんだろうな。国家公安委員会が阿部を警視庁に派遣して捜査本部の指揮をとらせているのも、阿部が期待の幹部候補の証拠。お、真紀。そろそろ本庁に戻らないとヤバいぞ』

 この話を打ち切るように矢野がわざとらしく腕時計を見た。怪訝に思いつつ真紀は彼から離れる。

「うん。もう戻らないとね」
『俺の愛情たっぷり弁当食べたから今日の真紀は無敵だな』
「ばーか。何言ってるの」

動き出した車内で真紀は矢野の横顔を盗み見る。

(なんか一輝……いつもと違って変なの。一輝にしては阿部警視の情報掴んでいないし、阿部警視の話をしたくないような、そんな感じがする)

 東の空が穏やかな明るさに包まれる中、真紀の心中にはモヤモヤとした暗雲が立ち込めていた。
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