早河シリーズ第六幕【砂時計】
 どんよりとした灰色の空から降る冷たい雨が道路を濡らして、濡れた道を走る車の音が聞こえる。

 早河は憂鬱と苛立ちを抱えて事務所のデスクの卓上カレンダーを見た。今日は11月10日の火曜日。なぎさが取材旅行で京都に旅立ったのは8日の日曜日。
彼女は今日東京に戻ってくるが何時の新幹線で帰ってくるのかは知らない。


 ──“好きな人いるの?”──


 香澄に聞かれるまで目をそらしていた本当の気持ち。


 ──“いるよ”──


答えた時に浮かんできた顔は、泣きながら事務所を出て行った女の顔。
一度認めてしまった気持ちは否定できない。なぎさへの自分の気持ちを認めた瞬間に訪れた罪悪感にも似た憂鬱と苛立ち。

 家出してここで雇ってくれと彼女が事務所に押し掛けてきた時は、正直に言えば面倒な女だと思っていた。

 世間知らずで情にもろく、流されやすい。
世話焼きでお節介でそそっかしい。意地っ張りで頑固者で、泣くのを我慢していた彼女に泣いてもいいと言った途端に、堰《せき》を切ったように彼女は泣き虫になった。

 ほうっておけなかった。守りたいと思った。それはなぎさが香道秋彦の妹だからではない。
最初は確かにそうだった。でも今は違う。

 以前に元恋人の本庄玲夏に言われた言葉を思い出す。玲夏はあの時にはもう早河の気持ちに気付いていたのだろう。


 ──“誰かいるの? 探偵としてではなく、男として守りたい女の子”──


 早河はコートを羽織って探偵事務所を出た。次第に雨脚の強まる雫を傘で受け止めてなぎさの自宅に向かう。
雨に濡れる新宿通りを横切り、彼女のマンションに到着した。
なぎさの部屋の呼び鈴を鳴らしても応答はない。

(まだ帰って来てないか)

 腕時計を見ると午後3時10分。彼は雨の降り注ぐ道を引き返した。
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