早河シリーズ第六幕【砂時計】
 稲本香澄はベッドに寝そべって雑誌のページをめくった。香澄の部屋には彼女が好きなロックバンド、UN-SWAYEDの明日発売の5作目となる最新シングル〈陽炎《かげろう》〉が流れている。

早河とファミレスで朝食を共にした後、発売日としては明日になるCDをフライングで販売していた駅前の店舗で購入した。

 傍に置いた歌詞カードを見て〈陽炎〉の歌詞を口ずさむ彼女は、携帯電話のインターネット画面を開いた。
来月、12月25日と26日に日本武道館で予定されているUN-SWAYED初のライブのチケット予約ページにアクセスする。

(ライブ行きたいけどチケット当たらないだろうなぁ)

 ミリオンセラーを飛ばしている人気グループ初のライブだ。チケットも10月に設立されたファンクラブ先行予約の時点で、応募が殺到してほとんど完売している。

来週開始の一般販売はほぼ立ち見席との噂もある。香澄が開いているページは、あと少しの空席しか残されていないファンクラブ二次先行の受付画面。

(奇跡的にチケット当たったとしても仕事休めるかなー。大将なら行ってこいって言いそうだけど……)

香澄はファンクラブ会員のIDを打ち込み、チケットを二枚予約した。当たるかどうかは神頼み。

 時刻は午後3時36分。自宅から徒歩15分の場所にある小料理屋で働いている香澄は営業時間の午後6時に合わせて4時には家を出る。

最近は大将と女将と一緒に仕込みの手伝いもしている香澄は小料理屋の仕事が楽しかった。あと20分ほどで家を出る時間だ。

 部屋にかかるピンク色のカーテンは開けられていて、二階建てのアパートから見える風景は滲んだ水彩画のような秋雨。
雨に沈む景色と同じく香澄の心も沈んでいた。

 早河に恋愛対象として見られていないことはわかっていた。気持ちを告白したところで振られることも。

 早河の先輩刑事の香道秋彦とは早河が警視庁に異動になってから知り合った。香道も親身になって香澄を助けてくれた。

悪さをしていた頃の昔の仲間に絡まれた時は香道が彼らと話をつけてくれ、香澄は香道にも感謝していた。
その香道の妹を早河は好きになった。自分を庇って亡くなった先輩刑事の妹を……。

 香澄がベッドの上で読んでいた雑誌は音楽雑誌〈リエット〉の今年4月に発売した5月号だ。
リエット5月号にはUN-SWAYEDの特集ページの掲載があり、UN-SWAYEDを総合プロデュースしている音楽プロデューサー、葉山行成と特集記事の担当ライターの対談が載っていた。

担当ライターの名前は香道なぎさ。

「この人が仁くんの好きな人で香道さんの妹……」

 ライターの顔写真は雑誌のどこにも載っていないが柔らかな文章からは彼女の人柄が滲み出ている。

(仁くんには今まで本当にお世話になったから幸せになってほしい。だけど失恋は辛いなぁ)

 UN-SWAYEDの新曲がカップリング曲を終えてリピート再生になった時に呼び鈴が鳴った。
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