早河シリーズ第六幕【砂時計】
 香澄はベッドを降りてコンポのスイッチを切り、玄関に向かった。それまで部屋に響いていたロックミュージックが鳴り止んで室内には香澄の足音だけが聞こえる。

 香澄の家は単身者用のワンルームだ。彼女はすぐに玄関に到着した。
昔つるんでいた悪い仲間とは縁を切り、家族とも疎遠の香澄の自宅を訪ねる人間は限られる。この時間ならば宗教の勧誘や営業のセールスマンだろう。

「どちら様ですか?」

 扉越しに相手を確認する。覗き穴を覗くと、青色のキャップを被った男の姿が見えた。

『稲本香澄さんのご自宅でしょうか? お届け物です』

どうやら宅配業者らしい。彼は両腕にすっぽり収まる大きさの段ボール箱を抱えている。
香澄は首を傾げた。宅配便を頼んだ記憶はなく、荷物を送ってくる人間にも心当たりはない。

 扉を開けて外との隔たりを無くすと、雨音がいっそう強く耳に残る。青色のツナギとお揃いのキャップを被る男が愛想よく微笑んだ。

『早河仁さんからのお届け物です。こちらにサインをお願いします』

 早河からの贈り物と聞いて香澄は無意識に受領書にサインをしていた。宅配業者の男は軍手を嵌めているが、特に気にはしなかった。

受領書とボールペンを男に返そうとした彼女の手から紙が落ち、ボールペンも落下する。
ボールペンは音を立てて床に転がった。

 突如、腹部に走る激痛に香澄は顔を歪めた。自分の身に何が起きているのか理解できなかった。男は玄関を背にして香澄の身体ごと室内に押し入り、さらに深く銀色の凶器を彼女の腹部に差し込んで引いた。

ポタポタと床に落ちる鮮血。

(なんで私が……)

 その問いの答えを導きだせずに香澄は崩れ落ちる。

 男は倒れた香澄を見下ろすと血のついた青色のツナギを手早く脱いで丸め込み、それで凶器のナイフをくるんだ。

青色のツナギの下から現れたのは黒いスーツ。持ってきた空の段ボールの中に青色のキャップと丸めたツナギを押し込んで手に持ち、黒いスーツを纏った男は香澄の部屋を立ち去った。

 無音の室内に雨の音が虚しく響いた。
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