早河シリーズ第六幕【砂時計】
 その笑顔を向けられる相手が心底妬ましかった。当分はこの失恋の傷は癒えそうもない。

「じゃあ私も行きます」
『うん、また仕事でね。次の締め切り、27日だよ。忘れないように』
「はい」

 互いに手を振って、なぎさは東京メトロ丸ノ内線の乗り場へ、金子はタクシー乗り場へと別れた。

 東京駅から最寄りの四谷三丁目駅までは丸ノ内線で13分。電車に揺られている間、どうやって早河に話を切り出そうか考えていた。

 “好きです”と言う勇気は大人になるにつれて失われていく。
中学生の頃、ひとつ上の先輩に初めて告白した時の倍の勇気が今は必要だ。十代の頃はどうしてあんなに怖いもの知らずでいられたのか不思議だった。

何も知らなかったからこその無責任な無敵さが子供時代には備わっていた。そんなギラギラした無敵の眩しさは大人になると消えてしまう。

 混雑する列車内で、なぎさと同じ車両にいる彼女はなぎさに背を向けていた。なぎさと彼女の間には多くの人間が人の壁を形成していてなぎさは彼女に気づかない。

 電車が四谷三丁目駅のホームに滑り込む。扉が開くと同時に降りる人の波でなぎさの身体は押し出される。なぎさの後ろで彼女もホームに降り立ち、携帯電話を片手にホームから改札口に進んだ。

 なぎさは両手でキャリーバッグを持ち上げて3番出口に繋がる階段を上がる。3番出口から地上に出ると予想以上の雨の量に顔をしかめた。

この低気圧は東北から関東にかけてのようで、京都は雨は降っていなかった。旅行用に持参していた折り畳み傘をバッグから取り出す。

 折り畳み傘の柄を広げている時、背後に人の気配がした。振り向いた時にはもうなぎさは意識を手放す寸前。
白地にピンク色の花柄模様の折り畳み傘はすべての柄を広げられることなく、濡れた地面に落ちた。
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