早河シリーズ第六幕【砂時計】
黒い雲からおびただしい量の雨が降っている。桜田門の警視庁前の街路樹も葉から水滴を滴らせていた。
強盗殺人犯の宇田川を逮捕して取り調べを終えた真紀は、送検手続きのために上司の上野恭一郎を捜していた。
宇田川を逮捕して警視庁に戻ってきた昼頃から上野の姿が見当たらない。同僚に聞いても彼がどこにいるかわからないと首を横に振られた。
上野は立場上、前科者連続殺人の捜査本部への出入りを許されている。その捜査の関係で動いているのだろうか。
通路を歩いていると会議室の並ぶ左手から話し声が聞こえてくる。灰色の絨毯が敷かれた廊下に足音は響かない。
十字路の通路の交差点から左側の通路を覗いた。奥に長身の男が立っている。
前科者連続殺人捜査本部の指揮官として派遣された警察庁の阿部知己警視だ。
阿部は携帯電話を耳に当てて誰かと話をしていた。かねてから阿部に不信感を抱く真紀は壁際に身を隠して彼の声に聞き耳を立てる。
『……はい、それでは手筈《てはず》通りでよろしいでしょうか?』
捜査本部の刑事達には横柄な口調で指示を出す阿部が電話の相手には低姿勢で敬語を使っている。
『……ええ、ですが“奴”を追い込むにはまだ後少し駒が必要です。……はい』
電話の相手に一貫して低姿勢で言葉を交わした阿部は、通話が終わると側の会議室の扉を開けて中に入った。
阿部の姿が会議室に消えると真紀は一歩前に出て、彼が先ほどまで立っていた通路の奥を睨む。
「阿部警視……やっぱり何かある」
矢野に連絡しようとして取り出した携帯をポケットに戻した。
(ダメだ。阿部警視のことを一輝に聞いたってどうせ教えてくれない。今の一輝は何て言うか少しよそよそしい。早河さんも……)
「一輝も早河さんも私に何を隠してるのよっ。それに警部はどこ行ったの? もう!」
『ずいぶん盛大な独り言だな』
聞きなれない声がして真紀は肩を跳ねさせた。どこで声がしたのかわからず、咄嗟に左右を見回しても誰もいない。
『こっちだ。小山刑事』
今度は背後で声がした。振り向くと真紀が睨み付けていた通路とは反対側の通路に男が立っている。30代くらいのやけに前髪の長い男だ。初めて見る顔だった。
「あなたは……?」
『公安部の栗山だ』
「公安?」
『あんたの盛大な独り言の答えを俺は知っている』
鬱陶しそうな前髪を手で払いのけた栗山は真紀の目の前で立ち止まった。
「答えって……あなた何か知ってるの? 前科者殺人のこと? それとも阿部警視のこと?」
真紀は栗山を凝視する。彼の切れ長な瞳も真紀を見下ろしていた。
『あんたよりは知ってる情報は多い。もうそろそろ、あんたに教えてもいい頃合いだろう』
「どういうこと?」
『ここじゃまずい。場所を変える』
踵を返した栗山の後を真紀は追った。
これからこの公安刑事に何を聞かされるのか皆目わからない。無意識に速くなる鼓動に彼女は胸元を押さえ付けた。
強盗殺人犯の宇田川を逮捕して取り調べを終えた真紀は、送検手続きのために上司の上野恭一郎を捜していた。
宇田川を逮捕して警視庁に戻ってきた昼頃から上野の姿が見当たらない。同僚に聞いても彼がどこにいるかわからないと首を横に振られた。
上野は立場上、前科者連続殺人の捜査本部への出入りを許されている。その捜査の関係で動いているのだろうか。
通路を歩いていると会議室の並ぶ左手から話し声が聞こえてくる。灰色の絨毯が敷かれた廊下に足音は響かない。
十字路の通路の交差点から左側の通路を覗いた。奥に長身の男が立っている。
前科者連続殺人捜査本部の指揮官として派遣された警察庁の阿部知己警視だ。
阿部は携帯電話を耳に当てて誰かと話をしていた。かねてから阿部に不信感を抱く真紀は壁際に身を隠して彼の声に聞き耳を立てる。
『……はい、それでは手筈《てはず》通りでよろしいでしょうか?』
捜査本部の刑事達には横柄な口調で指示を出す阿部が電話の相手には低姿勢で敬語を使っている。
『……ええ、ですが“奴”を追い込むにはまだ後少し駒が必要です。……はい』
電話の相手に一貫して低姿勢で言葉を交わした阿部は、通話が終わると側の会議室の扉を開けて中に入った。
阿部の姿が会議室に消えると真紀は一歩前に出て、彼が先ほどまで立っていた通路の奥を睨む。
「阿部警視……やっぱり何かある」
矢野に連絡しようとして取り出した携帯をポケットに戻した。
(ダメだ。阿部警視のことを一輝に聞いたってどうせ教えてくれない。今の一輝は何て言うか少しよそよそしい。早河さんも……)
「一輝も早河さんも私に何を隠してるのよっ。それに警部はどこ行ったの? もう!」
『ずいぶん盛大な独り言だな』
聞きなれない声がして真紀は肩を跳ねさせた。どこで声がしたのかわからず、咄嗟に左右を見回しても誰もいない。
『こっちだ。小山刑事』
今度は背後で声がした。振り向くと真紀が睨み付けていた通路とは反対側の通路に男が立っている。30代くらいのやけに前髪の長い男だ。初めて見る顔だった。
「あなたは……?」
『公安部の栗山だ』
「公安?」
『あんたの盛大な独り言の答えを俺は知っている』
鬱陶しそうな前髪を手で払いのけた栗山は真紀の目の前で立ち止まった。
「答えって……あなた何か知ってるの? 前科者殺人のこと? それとも阿部警視のこと?」
真紀は栗山を凝視する。彼の切れ長な瞳も真紀を見下ろしていた。
『あんたよりは知ってる情報は多い。もうそろそろ、あんたに教えてもいい頃合いだろう』
「どういうこと?」
『ここじゃまずい。場所を変える』
踵を返した栗山の後を真紀は追った。
これからこの公安刑事に何を聞かされるのか皆目わからない。無意識に速くなる鼓動に彼女は胸元を押さえ付けた。