蜜月と甘い嘘 〜忘れられた辣腕社長は記憶を無くした花嫁を離さない〜
◇◇◇
「あなたの氏名と年齢を教えて下さい」
「城山久美。26歳です」
「今は何年何月ですか?」
「202✕年7月です」
「ではお隣の男性のことはわかりますか?」
「……わかりません」
この質問も何度目になるだろう。
あれから色々な検査を受けたものの、脳に異常は見られなかった。自分の事、今の年月日、事故の前に見た世の中のニュース。全て淀みなく答える事ができる。
けれど問診に立ち会う男性――私の「夫」となる人物については何一つ答えることができなかった。
結婚していたことは勿論、交際していたことも出会いのきっかけすら忘れている。……そんなことってあるのだろうか。
結婚なんて嘘じゃないだろうか。事故当時トートバッグに入っていた所持品を見直してみたが、保険証や運転免許証の氏名は全て「笹原久美」。
私が結婚していたことを示すものばかりだった。
「そういえばスマホは……?」
「事故の時に鞄の中身が道路に散らばったらしくてね。親切な人が集めてくれたらしいんだけど、久美のスマホは見つからなかったそうなんだよ」
「こっちはあったんたけど」と「夫」から手渡されたのは、画面の端にほんの少しひびの入った社有携帯だった。
「久美の会社から、事故に遭ったと着信があった時は何かの間違いじゃないかと思ったけれどね」
「……ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。身体に大きな怪我はなかったんだから」
「でも……」
謝罪し足りない私の口に人差し指をあてた彼が、ふるふると首を横に振る。
「それと、取り急ぎ携帯会社には連絡して回線停止の手続きはしておいたよ。遺失届は後で警察に届けに行ってくるから」
病院から手渡された入院用の提出書類も含め、面倒な手続き関係を全て短時間のうちに処理してしまった彼は、所謂「有能な男性」なのだろう。そんな人の時間を私の為に使わせていると思うと、ありがたい反面とても居た堪れない気持ちになってくる。
「あの……」
「ん?」
再び謝ろうとして、先程のやり取りを思い出す。
「……いえ。急にお仕事お休みされて、大丈夫でしたか?」
「仕事だって?そんなもの、妻の一大事に比べたら全然大した事ではないよ」
私が気にしないようにとわざと明るく振る舞ってくれているのだろう。そんな気遣いが胸に刺さって、なせだか妙に泣きたくなる。
「……色々とありがとうございます」
「どういたしまして。久美の為なら、これくらいなんてことないんだよ」
声が詰まりそうになりながら、感謝の気持ちを伝えてみると彼はパチパチと瞳を瞬かせる。そして両手で私の右手を包み込んで、優しく微笑むのだった。
「あなたの氏名と年齢を教えて下さい」
「城山久美。26歳です」
「今は何年何月ですか?」
「202✕年7月です」
「ではお隣の男性のことはわかりますか?」
「……わかりません」
この質問も何度目になるだろう。
あれから色々な検査を受けたものの、脳に異常は見られなかった。自分の事、今の年月日、事故の前に見た世の中のニュース。全て淀みなく答える事ができる。
けれど問診に立ち会う男性――私の「夫」となる人物については何一つ答えることができなかった。
結婚していたことは勿論、交際していたことも出会いのきっかけすら忘れている。……そんなことってあるのだろうか。
結婚なんて嘘じゃないだろうか。事故当時トートバッグに入っていた所持品を見直してみたが、保険証や運転免許証の氏名は全て「笹原久美」。
私が結婚していたことを示すものばかりだった。
「そういえばスマホは……?」
「事故の時に鞄の中身が道路に散らばったらしくてね。親切な人が集めてくれたらしいんだけど、久美のスマホは見つからなかったそうなんだよ」
「こっちはあったんたけど」と「夫」から手渡されたのは、画面の端にほんの少しひびの入った社有携帯だった。
「久美の会社から、事故に遭ったと着信があった時は何かの間違いじゃないかと思ったけれどね」
「……ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。身体に大きな怪我はなかったんだから」
「でも……」
謝罪し足りない私の口に人差し指をあてた彼が、ふるふると首を横に振る。
「それと、取り急ぎ携帯会社には連絡して回線停止の手続きはしておいたよ。遺失届は後で警察に届けに行ってくるから」
病院から手渡された入院用の提出書類も含め、面倒な手続き関係を全て短時間のうちに処理してしまった彼は、所謂「有能な男性」なのだろう。そんな人の時間を私の為に使わせていると思うと、ありがたい反面とても居た堪れない気持ちになってくる。
「あの……」
「ん?」
再び謝ろうとして、先程のやり取りを思い出す。
「……いえ。急にお仕事お休みされて、大丈夫でしたか?」
「仕事だって?そんなもの、妻の一大事に比べたら全然大した事ではないよ」
私が気にしないようにとわざと明るく振る舞ってくれているのだろう。そんな気遣いが胸に刺さって、なせだか妙に泣きたくなる。
「……色々とありがとうございます」
「どういたしまして。久美の為なら、これくらいなんてことないんだよ」
声が詰まりそうになりながら、感謝の気持ちを伝えてみると彼はパチパチと瞳を瞬かせる。そして両手で私の右手を包み込んで、優しく微笑むのだった。