蜜月と甘い嘘 〜忘れられた辣腕社長は記憶を無くした花嫁を離さない〜
「あのね、この部屋の一番の見どころはこっちなんだよ」

 連れてこられた先は、街の景色が一望できる明るい陽射しの入る大きな窓だった。

「ほら、向こう。良く見てみて」
「あっ!海!」

 色とりどりの住宅街の屋根の向こうに見えたのは、波に揺らめく太平洋だった。

「海って良いですよね……。私、海無し地方出身なんで、海に憧れがあるんですよ」

 太陽の光を浴びる度にキラキラ反射する深い青に見惚れていると、低く掠れた声が耳元で響く。

「……知ってる」
「え?」

 振り返ろうとした瞬間、背後から抱き寄せられて首筋に顔を埋められた。
 
「久美が海が好きなんだって聞いて……。だから、この部屋に住むことに決めたんだよ」

 柔らかな髪が頬に触れ、逞しい腕が体を包む。 
 身動ぎをすると衣擦れと共に、微かにシダーウッドの甘くほろ苦い香りが立ちのぼる。
 ――布越しの体温がとても熱い。

「あ、あの……?」
 
 戸惑いがちに口を開くと、彼が再び呟いた。

「ごめん……でも無事に帰ってきてくれて、本当に良かった……」

 震える声で、私という存在を確かめるように、きつくきつく抱きしめる。
 自分のことで精一杯だったけれど、この数日、彼はとても心配をしてくれていたのだろう。
 申し訳なくなると共に、そんな様子が愛おしいと思う気持ちが濁流のように押し寄せる。

「心配かけて、こちらこそごめんなさい……」

 ホロホロと溢れる涙が止まらない。
 私達は体を寄せ合いながら、ただ静かに海を見つめるのだった。
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