早河シリーズ完結編【魔術師】
『佐藤が生きてたこと、俺にも黙ってたんだな』
『言えるかよ。亮に言えばお前も俺達と警察の板挟みになる。上野さんに佐藤のこと黙っていられるか?』
『確かに殺人犯の佐藤が生きてるって知ってて上野さんに黙ってるのはキツイ。でも隼人と美月ちゃんの手前、俺が上野さんに言うこともできない』
『だろ? 警察に罪悪感を感じるのは俺と美月だけでいい。亮を巻き込みたくなかったんだ』

 今度は隼人の想いを渡辺が汲み取る。斗真が大切にしている特撮番組のヒーローのフィギュアが枕元で寝ていた。

『ヒロは明日仕事終わりに見舞い来るって。あいつもお前達を心配してた』
『そっか。色んな人に迷惑かけて支えられてるってつくづく思う』

隼人は枕元のフィギュアを手に取った。威風堂々のヒーローの顔も、今は覇気がなくて斗真の不在を寂しがっている。

『泉にはカオスや貴嶋のことも俺が知ってる範囲で話した。じゃないと泉も、どうして斗真が誘拐されて隼人がこんな風になってるのかわからないからな。俺が知ってることもたかが知れてるけど』
『本当はカオスにも貴嶋にも関わらない方がいいんだ。何も知らないままで生きられるならそっちの方がいい』

 貴嶋が逮捕された9年前は、貴嶋と犯罪組織カオスの話題がワイドショーで流れるたびにお茶の間を騒がせていた。やがてそれも飽きられ廃れ、人々の記憶から消えた頃に貴嶋は脱獄した。

 犯罪組織や死刑囚の脱獄なんて、犯罪と縁遠い者達には虚構《フィクション》の世界だろう。
人は自分の周りで起きていることしか認識できない生き物だ。

自分の周りが平和ならば、どこの世界も平和だと勘違いしている。本当はそんなこと、ないのに。

『斗真の誘拐に責任感じてる?』

隼人は答えなかった。彼は無言で息子が大切にしているヒーローのフィギュアを眺めている。

『悪いのは子どもを巻き込んだ貴嶋だろ。隼人も美月ちゃんも悪くねぇよ』
『だとしても俺達大人のいざこざに子どもは無関係だ。俺が美月や子ども達を守らなくちゃいけねぇのに、逆に身動きとれなくなって美月に余計な面倒かけて……父親としても旦那としても情けない』

 病室には美月も泉もいない。幼なじみの渡辺の前だから吐ける隼人の弱音だ。

渡辺は何も言わず頷くだけに留めた。自責の念に駆られた今の隼人に、お前のせいじゃないと言ったとしても隼人の気持ちは軽くはならないとわかっているから。

それでも渡辺は口には出さずに呟いた。
お前は悪くない、と。

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