早河シリーズ完結編【魔術師】
 苺のプチケーキにフォークを入れて口に運ぶ。甘酸っぱい味わいのケーキを咀嚼して彼女は部屋を見回した。

 木目調の床に、グリーンとベージュを基調としたインテリアが広い部屋に使いやすく配置してある。白い枠のついた大きな窓の向こうはバルコニーになっていて、青い海が一望できた。

ここはリゾートホテルのようだ。窓から見える海岸がどこの地域の海岸かは、ここから見える範囲では判断がつかない。

(9年前と同じように、ここもホテルの部屋だけど……)

 9年前に赤坂のホテルに軟禁された時とは状況がずいぶん違った。まず鍵だ。

9年前は美月がいた部屋は内側からは鍵が開けられないシステムになっていた。彼女がどれだけ鍵の解錠に奮闘しても内側からは鍵が開かず、美月は正真正銘閉じ込められた。

今回は部屋の鍵は内側からでもすんなり開いた。あまりにも簡単に部屋の外に出られて、拍子抜けしたほどだ。
逃げ出そうと思えば逃げられる環境にいるのに、美月は一度も逃げ出そうとしなかった。

 そして9年前との最大の相違は美月の心だ。前は貴嶋から逃れようと必死だった。
今は逃げられるのに彼女は逃げない。何故?

 誘拐された斗真のこと、母親がいなくて不安がっているであろう美夢のこと、隼人のこと、佐藤のこと、様々な想いが交差する心にふとした瞬間に、隣にいる犯罪者が入り込んでくる。

美月に莉央との昔話を語り聞かせる貴嶋は真に莉央を愛していた。彼女が亡き今も、彼は莉央を愛している。


 ──“愛さなくていいから一緒にいて欲しい”──


貴嶋の最後のワガママに付き合ってあげたい。そんな風に思う自分の心がおかしいと感じた。

『おいで』

 腕を引かれた美月は横向きに貴嶋の膝の上に座らされた。その体勢に恥ずかしがって頬を赤くする美月を、貴嶋は面白がって眺めている。

 今の美月の服装は赤色のニットにモノトーンのグレンチェックのスカートを合わせていた。上品な膝丈のスカートは貴嶋の膝の上で裾がふんわりと広がっている。

 ここで夜明けを迎えた後、シャワーを浴びて9年前と同じく用意されていた服に袖を通した。
貴嶋にドライヤーを当てて乾かしてもらった髪からは、家で使っているシャンプーとは違う香りがする。彼は美月のサラサラの髪に指を入れた。

『こんなことで照れるなんて君はいつまでも初々しいな。私がドライヤーをしてあげている時も恥ずかしがっていたね』
「キングとこういうことするから恥ずかしいの」
『可愛いね。君を手離せない男達の気持ちがよくわかるよ。私もそのひとりだからね』

 貴嶋が手を伸ばしてケーキにデコレーションされた大きな苺を掴み、苺を美月の口に入れた。美月が半分かじった苺の半分を口に含んだ彼は、そのまま美月にキスをする。

 犯罪組織カオスのキング、殺人犯、死刑囚、脱獄犯。そのどれにも当てはまらない貴嶋佑聖と美月はキスをしていた。
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