早河シリーズ完結編【魔術師】
透き通ったワイングラスに赤い液体が注がれる。血の色に似た赤ワインのグラスを貴嶋と美月は持ち上げた。
『乾杯』
二人はワイングラスの丸い腹の部分を軽く触れ合わせて乾杯する。ガラス同士が触れる繊細な音が響いた。
給仕を務めた男が一礼して部屋を去る。貴嶋は男をバルバトスと呼んでいた。
バルバトスは部屋にいる間もじっと美月を睨み付けていた。その視線は居心地の良いものではなく、はっきりとした敵意を感じた。
美月と貴嶋が過ごす部屋は、続き間にダイニングテーブルがある。テーブルにはシルクのテーブルクロスが敷かれ、その上には豪勢な料理が並んでいた。
バルバトスの気配がなくなり、緊張していた神経も緩まる。美月はナイフとフォークを手にした。
「あの人、私のこと好きじゃないみたいだね。何か気に障ることしたのかな……」
『ごめんね。彼も悪い子じゃないんだよ。人との関わり方がわからないだけなんだ』
貴嶋の態度はまるで息子の無礼を詫びる父親だ。こんな風に他人の不始末を謝罪する貴嶋を初めて見る。
9年前とは明らかに違う貴嶋の変わり様にこちらの調子が狂って仕方ない。
二人だけの最後の晩餐の意味もわからないまま、美月は食事を続けた。
『運命の赤い糸はなぜ赤い色をしていると思う?』
「赤い糸?」
彼の唐突に質問を繰り出す癖は昔から。変わったと思えば変わっていない。どうしても読めない男だ。
『恋愛に関わる糸ならば、もっとそれらしい色、例えば桃色でもいいとは思わないか? 先人達はなぜ運命の糸を赤い色だと定義したのだろう?』
「さぁ……考えたこともなかった」
運命の相手とは身体の一部が見えない糸で繋がっている。子どもの頃に刷り込まれたおとぎ話の一説を無条件に信じていた。
確かに運命の糸は赤い色ではなくてもいいと思える。貴嶋が例として挙げた桃色でもおかしくはない。
『赤い糸の言い伝えは、元は中国から発せられた伝承だ。運命の者同士は足首を赤い糸で結ばれている。赤い糸を司るのは月下老人という結婚の神様なんだよ』
「結ばれているのは足首なの? 小指じゃなくて?」
『日本では足首から小指に変わったんだ。なぜ糸は赤色なのか、それは赤が血の色だからだと私は考えた。血液は人間の生命の色だ。運命の赤い糸は生命の糸、命と命の強い結び付き。生まれた時から赤い糸で繋がっているとはよく言ったものだよね』
赤が血の色だから……貴嶋が語るともっともらしく聞こえる。殺人を連想させる血の表現は、貴嶋が犯罪者である事実を思い出させた。
『乾杯』
二人はワイングラスの丸い腹の部分を軽く触れ合わせて乾杯する。ガラス同士が触れる繊細な音が響いた。
給仕を務めた男が一礼して部屋を去る。貴嶋は男をバルバトスと呼んでいた。
バルバトスは部屋にいる間もじっと美月を睨み付けていた。その視線は居心地の良いものではなく、はっきりとした敵意を感じた。
美月と貴嶋が過ごす部屋は、続き間にダイニングテーブルがある。テーブルにはシルクのテーブルクロスが敷かれ、その上には豪勢な料理が並んでいた。
バルバトスの気配がなくなり、緊張していた神経も緩まる。美月はナイフとフォークを手にした。
「あの人、私のこと好きじゃないみたいだね。何か気に障ることしたのかな……」
『ごめんね。彼も悪い子じゃないんだよ。人との関わり方がわからないだけなんだ』
貴嶋の態度はまるで息子の無礼を詫びる父親だ。こんな風に他人の不始末を謝罪する貴嶋を初めて見る。
9年前とは明らかに違う貴嶋の変わり様にこちらの調子が狂って仕方ない。
二人だけの最後の晩餐の意味もわからないまま、美月は食事を続けた。
『運命の赤い糸はなぜ赤い色をしていると思う?』
「赤い糸?」
彼の唐突に質問を繰り出す癖は昔から。変わったと思えば変わっていない。どうしても読めない男だ。
『恋愛に関わる糸ならば、もっとそれらしい色、例えば桃色でもいいとは思わないか? 先人達はなぜ運命の糸を赤い色だと定義したのだろう?』
「さぁ……考えたこともなかった」
運命の相手とは身体の一部が見えない糸で繋がっている。子どもの頃に刷り込まれたおとぎ話の一説を無条件に信じていた。
確かに運命の糸は赤い色ではなくてもいいと思える。貴嶋が例として挙げた桃色でもおかしくはない。
『赤い糸の言い伝えは、元は中国から発せられた伝承だ。運命の者同士は足首を赤い糸で結ばれている。赤い糸を司るのは月下老人という結婚の神様なんだよ』
「結ばれているのは足首なの? 小指じゃなくて?」
『日本では足首から小指に変わったんだ。なぜ糸は赤色なのか、それは赤が血の色だからだと私は考えた。血液は人間の生命の色だ。運命の赤い糸は生命の糸、命と命の強い結び付き。生まれた時から赤い糸で繋がっているとはよく言ったものだよね』
赤が血の色だから……貴嶋が語るともっともらしく聞こえる。殺人を連想させる血の表現は、貴嶋が犯罪者である事実を思い出させた。