早河シリーズ完結編【魔術師】
『美月の赤い糸の相手は誰に繋がっている?』

 貴嶋の何もかもを見透かした上で、わざと相手を試す眼差しを直視できなかった。貴嶋の問いに返す答えを美月は持ち合わせていない。

『もっと分かりやすい言い方をしよう。木村隼人か佐藤瞬か。どちらが君の赤い糸の相手かな?』

木村隼人か佐藤瞬、どちらが運命の赤い糸の相手なのか。隼人と佐藤と出会って今年の夏で12年、その答えを出せずに彼女は生きてきた。

 答えに窮する美月に貴嶋は柔らかく微笑みかける。

『いつかまた、君に会うことができたら同じ質問をするよ。その時に答えを聞かせて欲しい』

 いつか、がいつを示しているのか貴嶋は明言を避けた。やはり今回の貴嶋はどこかおかしい。
貴嶋であって貴嶋ではない。どう形容するのが適切かわからないが、美月が知る9年前の貴嶋佑聖とは違っている。

「あなたは何を考えているの?」
『何を考えているように見える?』
「キングが何を考えているのかは、わからない。でも9年前と違う。私もあなたもあの頃とは違う。何か変なの」
『思っていることを話してごらん。昼間は私の話を聞いてくれたからね。今度は私が美月の話を聞く番だ』

品の良い紳士は顔色を変えずに水の入るグラスを手に取り、唇を湿らせた。

「斗真と真愛ちゃん……子ども達の誘拐を計画したのは、あなたじゃないと思う。今のあなたは子どもを犯罪に巻き込むようなことしない」
『子ども達の誘拐の犯人が私じゃないなら、誰が犯人かな?』
「わからない。私は刑事じゃないし……でも他に犯人がいるのよね」

 病院のランドリーで遭遇した“あの人”の顔が浮かぶ。美月はあの人の名前を知っていた。

『美月は私が子どもを犯罪に巻き込むことはしないと言ったね。どうしてそう思う?』
「今のキングは穏やかだから。気質や性格じゃなくて……“静か”なの。私や早河さんの子どもを殺す気なんてキングにはない。隼人を殺そうとしたのも、キングではない別の人が計画したことじゃないの?」

 今日は明け方から晩餐の時間まで貴嶋とずっと二人で過ごしていた。この数時間で感じていた矛盾の糸がようやくほどけていく。

今の貴嶋と今回の事件の犯罪傾向は合わない。目の前の穏やかな紳士が子どもを危険な目に遭わせ、隼人の殺害を目論むとは思えなかった。

「前のキングだったらおかしくなかったことが、今回はおかしく思える。なんでって言われると上手く言えないけど……」

貴嶋は何も語らない。美月の意見を肯定も否定もせずに穏やかに笑うだけだ。

 混沌とした気持ちを抱えた晩餐も食後のティータイムを迎えた。美月の紅茶と貴嶋のコーヒーを部屋に運んできたのはバルバトスではなく、日本語が片言な中国人の女だった。彼女の名前はグレモリーと言うらしい。

バルバトスやグレモリー、聞き慣れない奇妙な名前だった。
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