早河シリーズ完結編【魔術師】
 ティータイムの談笑の最中、腕時計を見た貴嶋は椅子から腰を上げる。彼のコーヒーカップにはまだ半分コーヒーが残っていた。

『すまない。少し失礼するよ。美月はそのままゆっくりしていてね』

 美月を部屋に残して貴嶋は廊下に出た。彼は軽い足取りで階段を降りる。美月といた五階から、一気に一階に降りた。

ホテルの間取り図を頭に描いて厨房を横切り、狭い通路に出た。通路の奥には銀色の鉄扉が仁王立ちしている。
鉄扉を押し開けると地下に続く階段が伸びていた。この先はボイラー室だ。

 カンカン、と甲高い靴音を鳴らして貴嶋は地下に降り立った。熱気のこもるボイラー室は大きな管が縦横無尽に張り巡らされている。
朝にこの辺りは一通り見て回った。その時にいくつかの処理は終えている。

あとひとつ、やり残した物の処理を終えれば完了だ。10分もあれば充分だろう。

 ボイラー室の片隅に置かれた工具箱を持って巨大なモーターの裏側に回り込んだ。モーターの後ろに取り付けられた黒色の四角いケース上部の液晶パネルには、デジタル時計のような数字表示がある。

表示は00:00:30、hourとminuteはなくsecondだけが30と示されて止まっている。設定時間になれば30秒からカウントが刻まれる仕組みだ。

『30秒は短いな。せめて1分は猶予がないとカウントダウンの面白みがない』

ここで苦言を呈してもこれを作った本人には届かない。

 ボイラー室の湿度は高い。貴嶋は額に滲む汗を拭い、慎重に上蓋を外した。
蓋を外されたケースの中には赤いコードが何本も連なっている。彼は赤色のコードの多さに苦笑いした。

これまでで一番のトラップの多さ。これが本命だ。この種類の爆弾解体の方法は熟知している。

元々は貴嶋がこれを作った人間に教えてやった方式だ。少しオリジナルの手が加えられていても基本は変わらない。

 躊躇なく赤色のコードを工具のハサミで切断した。次も、また次も現れる赤のコードは貴嶋の手で断ち切られる。

『美月は誰にも殺させないよ。……誰にもね』

ケース内部には繋がりを失った赤色の屍が並んでいた。
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