早河シリーズ完結編【魔術師】
 ──パパー……!──

 なぎさの笑顔と真愛の元気な声が夢の中で再生される。夢と現実の狭間の時間旅行。
鎌倉警察署の応接室は暖房が効きすぎて暑いくらいだった。まどろむ早河を現実に引き戻したのは、スマートフォンのバイブレーション。

『……もしもし』
{連絡が遅くなってすまない}

電話口から佐藤瞬の声がした。

『お前からの連絡ってことは貴嶋の居場所がわかったのか?』
{ああ。江ノ島に冬季休業中のリゾートホテルがある。キングはそこにいる}
『冬季休業のリゾートホテル? 確かな情報なんだな?』
{ホテル業界に詳しい筋からの情報だ。リゾートホテルのオーナーにホテルを一定期間借り受けたいと申し出た男がいたそうだ。男の名前はイイジマユウスケ}

 イイジマユウスケは貴嶋が好んで使用している偽名だ。早河は失笑する。

{オーナーとの連絡はメールのみ、使用料も前金で全額振り込まれていた。イイジマユウスケと名乗ったことからしてもキングで間違いない}
『貴嶋の資産は国が押さえてるはず。今のあいつのどこにそんな大金が出てくるのか知らねぇが、海辺のホテル貸しきって悠々自適に過ごしているとはね。ホテルの詳しい場所を教えてくれ』

 佐藤が口頭で告げる住所を手帳に書き留める。タブレット端末を使って地図を検索すると、そのリゾートホテルは国道134号線沿いの江ノ島大橋の近くにあった。ホテルの目の前は海岸だ。

 佐藤にはこちらの到着まで行動を起こすのは待っていろと伝えたが、曖昧に言葉を濁して彼は通話を切った。どうせこちらの言うことは聞きやしない。
江ノ島のリゾートホテルに美月がいるのなら、佐藤はひとりでホテルに乗り込む気だろう。

 阿部警視監と上野警視への連絡を終えて早河が鎌倉警察署を出たところで、同期の大西が車を回して待っていた。

『お前ひとりで行かせねぇよ。上野警視にもお前から目を離すなって言われてる』
『上野さんも心配性だな』
『神奈川県警本部のエースが運転手兼、お目付け役だ。有り難く思え』

神奈川県警勤務になって3年になる大西の方が神奈川の道は走り慣れている。早河を乗せた大西の車は、鎌倉警察署を離れて鶴岡八幡宮の一の鳥居を通り過ぎ、県道21号線を南下した。
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