早河シリーズ完結編【魔術師】
 車の扉を開けて早河仁は車外に出た。早河のスマホに表示された真愛のGPS情報は、片瀬東浜海水浴場を示している。

遊歩道から砂浜に続く階段に三人の人影が見えた。手前に男が一人、その隣に女、女の向こうにもう一人男が座っていた。

 ここまで運転を務めた大西刑事も警察車両を出て早河の後を追った。
警視庁の上野警視と石川警視正もこちらに向かっている。大西は彼らの到着の前に万一の事態が起きた場合に備えて、懐の拳銃を取り出せるよう身構えていた。

 早河は遊歩道の下にいる三人を見下ろす。国道のライトや街を照らす明かりのおかげで、暗闇の海岸でも相手の顔は判別できる。
彼は佐藤と美月を見た後、貴嶋に視線を固定した。

『よぉ。貴嶋』
『やっと来たか。待ちくたびれたよ』

 早河の声を聞いた貴嶋はゆらゆらと身体を揺らして立ち上がる。

『真愛のGPSが反応したから、まさかとは思ったが』
『君を呼び出すには都合が良いと思ってね。娘の携帯を拝借させてもらった』

貴嶋は美月と佐藤から離れて階段を上がり、遊歩道で二人の男は向き合った。早河と貴嶋の距離は5メートル程度空いている。

『お前は俺を呼びつけるのが趣味なのか? いつもいつも呼びつけやがって』
『それでのこのこ現れる君も呼び出しを受けることが趣味なんじゃないか? 殺されに来ているようなものだ』

 貴嶋は懐に忍ばせた手を抜いた。その手には黒く重々しい銃器が握られている。銃はワルサーPPK。
銃に動じないのは早河と佐藤だけ。美月は小さな悲鳴を上げ、大西は貴嶋を威嚇した。

『銃を下ろせ!』
『大西、止めろ』

後ろで威嚇体勢をとる大西を早河は視線で制する。大西は貴嶋に銃口を向け続けていた。

『貴嶋は銃を所持してる。油断はできない』
『大丈夫だ。こいつは撃たない』

 早河は冷静だった。早河に銃を向ける貴嶋は片方の眉を上げる。

『私が撃たないと何故言い切れる?』
『俺を殺す気なら、俺がここに現れた時点で撃ってるだろ。真愛の携帯持ち去って、GPS使って回りくどいやり方でここまで呼びつけたお前の目的は俺を殺すことじゃない』

 闇に包まれた海は地上の宇宙。ここは生命の終わりと始まりの場所。
12年前の夏、空と海の境目をなくした青い世界で受け取った一本の電話が再会の序章だった。

『俺はずっとお前を追い続けてきた。お前の父親が母さんを殺し、お前は俺の親父と香道さんを殺した。俺の大切なものは、お前達に奪われた。俺はお前を一生許せない』

貴嶋も、美月と佐藤も大西も、無言で早河の話に耳を傾ける。

 いつだって悲しみの思い出は夏にある。
蝉時雨の静寂、離れていく影法師、涙で滲む夏霞《なつがすみ》。

『お前を追い続けてきたのは親父達の仇をとるためだ。だけど俺は仇だからお前を追っていたんじゃない』
『何が言いたい?』
『親や先輩の仇だけなら、お前をここまで追えなかった。途中で諦めていたかもな。でも諦められるわけねぇだろ。お前は俺の友達なんだから』

 終わりの思い出は冬にある。
エデンの園のコーヒーの記憶は今も舌に残り、冬枯れの公園で出会った幼い少年がくれた元気が出るダイヤモンド、凍えた劇場に雪華《せっか》が散った。

『高校時代、誰とつるむよりも貴嶋と一緒にいる時間が楽しかった。屋上で授業さぼって帰り道にハンバーガー食べながら意味のない会話して、お前と過ごすそういう時間が好きだった』

 貴嶋の銃の照準は早河の頭部に合わさっていた。
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