早河シリーズ完結編【魔術師】
 息を荒くした二人の男は粉砂糖がまぶされた砂浜に大の字に寝そべった。雪の冷たさが背中に伝わる。

『君には負けた。降参だ』

白い月が浮かぶ夜空を貴嶋は見上げた。こうしていると、優しく気高い月に見守られている気がする。

『私のしたことは許されることではない。この手で多くの人間を殺した。父も母も、君の家族も、莉央も……』

 王の独白は言えなかった本音。血塗られたこの手は呪われている。体内を巡るこの血も呪われている。
そもそもが、生まれた瞬間から呪いを受けた人生だった。

『今なら莉央が私を裏切った理由がわかる。私はキングを辞めたかった。ずっと……この世に生まれた時に定められたカオスのキングの呪いから解放されたかったんだ。父親の呪縛からも』

凶悪犯罪者、辰巳佑吾の遺伝子を引き継いで生を受けた男は、犯罪組織カオスのキングとして生きることを宿命付けられた。
父親の呪い、世襲という血の呪いから彼は逃れようとした。

『四十路の男がずいぶん遅い反抗期だな。お前と辰巳《たつみ》の盛大な親子喧嘩に巻き込まれた気分だ』
『まったくね。自分でも呆れるよ。今更キングの立場を捨てたくなるとは思わなかった。だが、私の周りに集まる人間は私をキングとして求めている。私を“貴嶋佑聖”としては見てくれない。カオスのキングなんて神でもなんでもない肩書きだけを、彼らは信じていたんだ』

 犯罪組織カオスのキング。その肩書きだけで近付いてくる人間は数多《あまた》といた。
彼らはキングの肩書きしか見ていない。

貴嶋がキングではなくなった時に、それでも側にいてくれる者がどれだけいる?
キングではない彼に、会いに来てくれる者がどれだけいる?

今ここに集まる者達がその答えだ。

 二人の男の側に美月が並んだ。彼女を見上げた貴嶋は上半身を起こして片手を差し出す。

『美月も巻き込んでしまったね。君はいつも真っ直ぐ私と向き合ってくれる子だった。美月の前では、私はキングの立場から解放されていたんだ。でも辛い思いをさせてしまってごめんね』
「……ううん。いいの。私も早河さんと同じだよ」

貴嶋が差し出した片手を美月は握り締めた。彼女は貴嶋の傍らにしゃがみ、彼と目線を合わせる。

「あなたを救いたかったの。ひとりで死んでしまうんじゃないかって心配で……」
『さっきも言っていたね。美月の心配も的外れではない。莉央のいない世界に生きている意味はないと……莉央を失って初めて気付いたんだ。滑稽だろう?』

 進化を極めれば衰退するだけとアフタヌーンティーの最中に彼は言った。始まりがあれば、いずれは終わりがやって来る。

貴嶋は自らの終わりを悟っていた。犯罪組織カオスの終焉を。これが彼の最後の舞台だった。
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