早河シリーズ完結編【魔術師】
 東京・19時59分。地下駐車場に停まる車の中でダンタリオンは秒針を刻む腕時計を見下ろして意気揚々としていた。

一秒の狂いもない腕時計が秒数をカウントする。あと45秒、30秒、22秒、15秒……。
時計の針が20時を示すと、彼は自分以外は誰もいない車内で高らかに笑った。新時代の幕開けだ。待ちわびた時がようやく──。

 ダンタリオンが乗る車の助手席の扉が開かれた。断りなく車内に乗り込んできた人物に、ダンタリオンは狼狽する。

「話があるの」

警視庁捜査一課刑事の小山真紀は、運転席にいる彼の隣に平然と座っていた。

「残念な知らせだけど、貴嶋は死んでいない。神奈川で貴嶋を逮捕したと上野警視から連絡があった」

 ダンタリオンは喋らない。信じがたい出来事が目の前で起きている事実を、彼はまだ受け入れられなかった。
静まる車内。一言も口を利かない彼に構わず真紀は話を続けた。

「わかるように説明してあげる。ダンタリオンが運営している貴嶋のファンサイト。あれをハッキングして、管理人のダンタリオンが誰か突き止めたの」
『……ハッキング?』

口の端を吊り上げてダンタリオンは笑った。あのファンサイトのセキュリティには絶対的な自信がある。
警察のサイバー部署や科捜研の連中が束になっても、サイトのセキュリティは突破できない。

彼はまだ余裕を持って笑えていた。ハッキングを行った人物の名前を聞くまでは。

「ハッキングを行ったのは府中刑務所に服役している犯罪組織カオスのスパイダー。名前は聞いたことあるでしょう?」
『……警察が犯罪者に協力を依頼したと?』
「そう。スパイダーの協力もあって管理人、ダンタリオンの正体が判明した。あなただったのね。土屋さん」

 ここは警視庁の地下駐車場。真紀の隣には警視庁捜査一課の女性刑事、土屋千秋が座っていた。
困惑した顔で千秋は首を傾げる。

「あの……ちょっと待ってください。私は刑事ですよ。刑事の私がどうしてダンタリオンなんですか?」

千秋のジャケットには警視庁捜査一課の刑事にだけ与えられるピンバッジが光っている。真紀はそのバッジを今すぐもぎ取ってやりたかった。
平常心を保っていても、真紀の怒りのレベルは最高値に達していた。

「それにスパイダーは本当にハッキングに成功したんでしょうか? あのファンサイトはセキュリティが強固だと聞きました。ダンタリオンの正体だって、スパイダーの出任せかもしれません。犯罪者の言うことを信用するなんて……」
「白々しいお芝居はいい。あなたがダンタリオンであることはサイトの解析から判明してる。それとこれを見なさい」

 真紀が差し出したのは折り畳んだA4用紙。千秋は折り目を開いてそこに書かれている文章に目を通した。パソコンの画面をプリントアウトしたものだ。
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