早河シリーズ完結編【魔術師】
 国道134号線を走る佐藤の車が道の途中のコーヒーチェーン店の前で停車した。

『何がいい?』
「ホワイトモカのホット」
『了解』

美月の注文を聞いて彼は外に出た。四階建てビルの一階に構えるコーヒーチェーン店に佐藤が入るのを美月は車内で見ていた。

 上野にワガママを言って佐藤の逮捕を先延ばしにした。佐藤の生存を知った日から、いつかこの日が来ると覚悟していた。

それでも、いざ目の前に手錠が出された瞬間、美月は佐藤と上野の間に飛び出していた。上野でなければ、美月の非常識な願いは聞き入れられなかっただろう。

 母親として早く斗真の顔を見て抱き締めてやりたい。妻として早く隼人に会いたい。東京に残してきた美夢にも会いたい。

だけど今は女として、悔いの残らない時間を過ごしたい。
母親でも妻でもない、“浅丘美月”として。

これは美月と佐藤の最初で最後のデートだ。

 コーヒー店の紙袋を提げて佐藤が帰って来た。彼は紙袋から二つのカップが入るカップトレーを取り出し、ひとつを美月に渡す。

『美月の分』
「ありがとう。あったかい」

美月のホワイトモカのカップのスリーブには猫のイラストが描いてある。イラストの横にはThank youの文字とハートマーク。店員の粋なサービスだ。

 西浜歩道橋を過ぎて湘南海岸公園の駐車場に入った。駐車場は営業時間外で車は一台もいない。
湘南海岸公園は相模湾沿いの県立公園。園内には芝生の広場や砂浜に続く海岸通路があり、夏には家族連れやカップルで賑わう場所となる。

『足元気を付けろよ』
「うん」

 暗い小道を手を繋いで歩く。夜の公園には誰もいない。こんな寒空の下で海を眺めに来る物好きは、美月と佐藤くらいなものだ。

「夜の学校にこっそり忍び込んじゃったみたい」
『夜の学校に忍び込んだことあるのか?』
「あるよ。中学の夏休みに一度だけ、友達と夜の学校でスパイごっこして遊んだの」

怖がりの美月は夜の校舎も夜の公園も、ひとりでは入れない。昔は友達が、今は佐藤が一緒に居てくれるから怖くない。

『肝試しじゃなくて?』
「そうなの。私の友達みんな刑事ドラマやアクションものが好きだから、夜の学校にこっそり入って、ミッション決めてスパイごっこしたんだ。拳銃は百均のオモチャで。でもバレて先生にすごぉーく怒られたけどね」

 美月が中学時代の思い出話を語るうちに砂浜に面した海風のテラスに出た。ウッドデッキに並んで座る。
< 157 / 244 >

この作品をシェア

pagetop