早河シリーズ完結編【魔術師】
 刑事課のフロアに戻った上野は取調室に入り、佐藤の取り調べを担当する警視庁の刑事達を召集した。

『すまないが、席を外してくれ。佐藤と二人で話をしたい。記録もつけないでいい』
『ですが……』
『安心しろ。こいつとは長い付き合いだ。取り調べの休息がてらの、思い出話をするだけだ』

 怪訝な顔の刑事達を追い出して室内には上野と佐藤の二人だけとなる。佐藤が釈然としない表情で上野を見据えた。

『あなたと話せる思い出に心当たりはありませんが』
『あったとしても、ろくな思い出じゃないしな。今は刑事ではなく男としてお前とサシで話がしたい』

 取調室の椅子を引いて上野は佐藤の向かいに座る。彼は警視庁捜査一課の刑事の証であるピンバッジを外して、警察手帳と共に机に置いた。

『男として? 一体何を……』
『美月ちゃんの話だ』

明らかにそれまで平常心を保っていた佐藤の顔色に揺らぎが加わった。

『美月はどうしていますか?』
『泣き疲れて医務室で休んでる』
『あいつ……ここに着く直前も車の中で泣いていたんですよ。あんなに泣かれるとは思わなかったな』

 それはここに現れた時の美月の泣き腫らした目を見れば、一目瞭然だった。

彼女はここに至るまでにどれだけの涙を流したのだろう。佐藤のためだけに、これまでどれだけの涙を美月は流してきたのだろう。

『俺はお前にだけ本心を打ち明ける。俺は美月ちゃんが好きだ。女性として彼女を愛しく感じている』

 上野の本心を耳にしても佐藤の様子に驚きの気配はなかった。

『意外と落ち着いてるな。驚かないのか?』
『多少は驚いてますよ。けれど、そうであっても不思議ではないですね。美月はとても魅力的な女ですから』

美月のすべてを知り尽くすかのような佐藤の物言いが、上野の心に苦々しい感情を注ぐ。

『俺は今日初めて、お前に嫉妬した。彼女を笑顔にさせるのも泣かせるのもすべてお前だ。彼女に愛されたお前を羨ましいと思い、嫉妬した。今だって言い様のない感情で自己嫌悪してる』
『あなたもただの男なんですね。美月はあなたの気持ちを知っているんですか?』
『彼女には打ち明けていない。これから先も言うつもりもない。だが、気付かれたかもしれないな……』

 先刻の医務室での抱擁は失態だったと悔やむ。次に美月の顔を見た時にどのように接したらいいのかわからず、上野は悩んでいた。
< 167 / 244 >

この作品をシェア

pagetop