早河シリーズ完結編【魔術師】
2月5日(Mon)

 JSホールディングス経営戦略部のフロアに現れた坂下菜々子を見て、同僚の朝倉瞳は感嘆の声を漏らした。

「えっ……? 坂下さん……?」
「おはようございます」

 戸惑う瞳に菜々子は大きな声で挨拶をする。経営戦略部の他の社員達も菜々子の姿に目を見張った。
瞳はまじまじと菜々子を見た。先週の金曜日までの菜々子とは印象がまるで違う。

あまりにも瞳や周りの視線が突き刺さって、菜々子は恥ずかしげに顔を伏せた。

「やっぱり……どこか変ですか?」
「ううん! そんなことない、可愛いよ! この髪の色も可愛い!」

 伸ばし放題だった菜々子の長い髪はショートカットになり、髪色も遠目で見れば黒っぽいが、光に当たるとほんのりと茶色く染まっているのがわかる。

「コンタクトにしたんだね」
「まだ慣れなくて変な感じなんですけど……」

眼鏡を止めてコンタクトに変えた。コンタクトも染髪も、髪をここまで短くしたのも人生初の挑戦だった。眼鏡と髪の毛で隠してきた顔を思い切って表に出してみた。

 菜々子と瞳は隣同士の席に腰を降ろす。朝のミーティング前の二人の話題は専《もっぱ》ら、菜々子のイメチェンについてだ。

「でもお化粧のやり方がわからなくて。何を揃えたらいいのか、お店で見ていても混乱してしまうんです」
「うーん……そうね。あとは眉毛を整えればもっと顔が明るく見えるよ。顔の印象は眉毛で決まるの。髪を染めたなら、眉毛の色も変えた方がいいから私のオススメ教えるね」

 瞳がオススメの化粧品を一覧にしてメモに書いてくれた。菜々子が持っている化粧品と言えば、日焼け止めとファンデーション、リップクリームのみ。
ファンデーションの色も、肌色と肌質に合っているかわからずに使っている。

 眉毛用のマスカラがあることも瞳に教えられて初めて知った。美容に無頓着だった菜々子には何もかも未知の世界だ。
< 177 / 244 >

この作品をシェア

pagetop