早河シリーズ完結編【魔術師】
 昼休みになり、社員食堂でランチタイムを過ごす菜々子と瞳。

 菜々子の昼食は栄養バランスを考えて作った手作り弁当だ。健康診断でも常に標準の判定を受けてきた菜々子の体型は、特別痩せてもなく太ってもいない。

今の体型のままでも健康上の問題はない。けれど、健康的かつ綺麗な身体になりたいと彼女は思った。
標準、普通、平均的、無難。そんな評価で埋め尽くされた人生を変えてみたくなった。

「なんで急にイメチェンしようと思ったの? もうすぐ春だから?」

 対面にいる瞳の昼食はカロリーの高そうなラーメンセット。
よく食べるわりに瞳は細身だ。昼食には食べたい物を食べる代わりに、無駄な間食をしないことが瞳のルールらしい。

菜々子はほうれん草のごま和えを口に運ぶ。それをしっかり噛んで、飲み込んだ。

「木村主任と奥様を見ていて思ったんです。これが愛なんだなぁって……」

 おどおどとした話し方も直せるように、話し方や発声の本を読んで声の出し方にも気をつけるようになった。

「ああ、坂下さんは木村主任が刺されるとこ見ちゃったんだよね」
「あの時は本当に怖くて恐ろしくて……。だけど主任は血まみれで倒れながらも奥様に電話をかけていたんです。意識を失う寸前まで必死に。病院で奥様とお話する機会があったんですが、奥様も主任は絶対に死んだりしないって信じていらっしゃって」

菜々子と瞳の近くにいた女性社員達が神妙な面持ちで菜々子の話に聞き耳を立てている。

「お二人を見ていて、想い想われる人がいるって素敵なことなんだと思いました。私はこれまで自分に自信がなくて、人と話をするのも怖がっていました。だけど怖がってばかりじゃ、人との関係は築けないんですよね」

 隼人と美月の間には信頼が結ばれていた。男と女だとか、夫婦だからとか、それ以前に彼らは人と人として信頼し合っていた。

「そうだね。やっぱり信頼って言うのかな。そういうものは互いに心を見せ合わないと生まれないよね。心を隠したままだと相手にも信頼されない」
「ですよね。そう考えると、私は誰にも心を許してこなかったのかもしれません」

 心を隠して偽りの自分を演じていても人間関係は築ける。インターネットの人間関係はその筆頭だ。

ネットは本名も知らない者同士が職業も年齢も関係なく気軽に繋がれる場所。ネットの中では、現実の自分とは別の人格を作り上げることも可能だ。

けれどデジタルな繋がりは時として脆い。
アカウントを削除すればサヨナラ、フォローを外せばサヨナラ。ネットの中で楽しく会話をしていても、指一本で消してしまえる儚い関係。

 ツイッターであんなに仲良くお喋りをしていた〈あーりん〉は2月になってアカウントを削除したらしく、二度とネットの中で会えなくなってしまった。
〈あーりん〉の本名も連絡先も知らない。アカウントを削除すればサヨナラ。そんなものだ。
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