早河シリーズ完結編【魔術師】
 真愛はおもちゃの手鏡を持って色つきリップを一生懸命塗っていた。鏡に向かってリップを塗る小学二年生の真愛が大人の女に見えてきて、末恐ろしい。
女は何歳からでも“女”のようだ。

「パパもお髭そってね。触るとジャリジャリして痛いんだよっ!」

リップを塗って長い髪をブラシでとかす真愛にそう言われてしまうと、何も言い返せない。

 ランドセルを背負って真愛は元気に家を飛び出した。父親の仕事をなんとか終えた早河はソファーにぐったり倒れ込む。
そのまま本日一本目の煙草に火をつけた。

 まだ洗濯とトイレ掃除が残っている。月曜なのでゴミ出しもある。真愛を送り出した後も家の仕事は山積みだ。
なぎさはこれを毎日していると考えると頭が下がる。

子どもが健やかに育つのも、家が常に綺麗に片付いているのも、自分が作らなくても温かくて美味しい食事が食べられるのも、清潔な衣服を纏えるのも、なぎさが毎日家事をしてくれているから。

 忘れてしまいがちだが、忘れてはいけない妻への感謝の気持ち。妻の不在の大きさを改めて痛感した。

 思えば真愛が物心ついてから父と娘の二人きりで数日を過ごすのは初めてだ。
真愛が2、3歳くらいの頃に、なぎさが仕事の都合や同窓会などのイベントで不在の時は幼い真愛と二人で留守番をしたこともあった。

しかし早河にも仕事があり、特に貴嶋佑聖が脱獄した2年前からは家に帰れない日々も続いた。早河もなぎさも家を空けてしまう日には、なぎさの実家で真愛を預かってもらっていた。

 今回はなぎさのお産のため、母親不在となった真愛の生活の責任が早河にはある。だが真愛は誰に似たのか、口が達者のおませな小学生に育ってしまった。

なぎさの留守も3日目にして、早河は小生意気でおませな娘との二人きりの生活に自信を失くし始めていた。

 洗濯機が終了の合図を鳴らした。早河は歯ブラシを口に突っ込んだまま、洗濯した洗濯物をカゴに放り入れる。

歯磨きと真愛に指摘された髭を剃って、顎と口まわりをさっぱりさせた彼は次にゴミ出し作業に取りかかった。

 町内の指定のゴミステーションにゴミを出しに行ったところに、道端で井戸端会議真っ最中の近所の主婦二人に捕まってしまった。

決まっていつも誰かがゴミステーションの近くにたむろしている。これだからゴミ出し業務は好きになれない。

 主婦達に二人目はいつ生まれた? 名前は決まった? 三人目は作るのか? と矢継ぎ早に質問攻めに遭い、疲弊した身体を引きずって自宅に帰りつく。
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