早河シリーズ完結編【魔術師】
 佐竹明美は早河に気付いて彼に会釈した。早河も会釈を返す。下校する生徒の列が途切れたところで、佐竹教諭が早河に歩み寄った。

「こんにちは。真愛ちゃんのお迎えですか?」
『ええ。カウンセリングの日なので』

早河は近付く明美からわずかに身体を一歩後ろに引いた。相手と距離をとりたくても駐車した車から離れられず、これが精一杯だ。

「真愛ちゃん、最近は落ち着いているみたいですね。学校でも元気いっぱいな姿をよく見かけますよ」
『先生方の助けがあってこそです。佐竹先生や今の担任の若林《わかばやし》先生には真愛のことで親身になっていただいて、感謝しています』

 真愛が誘拐された当時の担任だった明美とは、PTSDを抱える真愛の今後の学校生活について話し合いを重ねた。

彼女は二年生になった真愛の新しい担任の若林教諭に、真愛の症状や対処法を事細かに説明して引き継ぎをしてくれた。今の真愛の平穏な学校生活があるのも、明美の尽力のおかげだ。

 集団下校の生徒達の賑やかな声も遠ざかり、正門前には早河と明美だけが立ち尽くしている。

「お子さん産まれたんですね。おめでとうございます」
『ありがとうございます。真愛がさっそく話しましたか?』
「……はい。弟が産まれたよって嬉しそうにお話ししてくれました」

彼女は眼鏡のフレームに触れて早河から顔をそむけた。明美の容姿はショートカットの黒髪に赤いフレームの眼鏡がトレードマークだ。

 早河は佐竹明美が苦手だった。父子家庭でもない限り、父親が子どもの担任教師と接触する機会は少ない。

家庭訪問や三者面談で教師と接する役割はほとんどが母親だ。早河も1月に誘拐事件が起きる前までは、明美と顔を合わせたこともなかった。

 誘拐事件後の2月に真愛のPTSDの件で学校を訪れて、初めて明美と対面した。明美に苦手意識を感じるようになったのはそれからだ。
彼女から向けられる眼差しが少々熱っぽい気がしてならない。

まさかとは思うが、担任教師が教え子の父親の40歳の男に恋愛感情を抱くなどあり得ない……と思ってはいるのだが、今も眼鏡の奥からチラチラとこちらを盗み見る視線に、早河は居心地の悪さを感じている。

「パパー!」

 ピンク色のランドセルを背負った真愛が正門を飛び出して来た。明美との沈黙の空気に耐えられなくなっていた早河は、真愛の登場で救われた。

抱き付く真愛を両手で抱き留める。待っている間に下校する女子生徒を何人も見たが、我が子が一番可愛いと思ってしまうのは親バカ故だ。

「ただいまっ!」
『おかえり。ちょっと遅かったな』
「ごめんなさい。うさぎ小屋に行って、うさぎさんのお世話してたんだ。パパは……さたけ先生とお話ししてたの?」

真愛は早河の隣に佇む明美を見上げた。早河は曖昧に頷く。

『ああ、うん。先生が門まで見送りに来ていたから少し話をしていたんだ。では先生、また』
「はい。お気をつけて」

 明美は早河の車の前から退いて正門の入り口まで下がった。真愛も「先生さようなら」と言って明美に手を振り、助手席に乗り込む。
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