早河シリーズ完結編【魔術師】
 車から降ろした真愛をおぶって玄関まで連れて行く。背中にかかる真愛の重みが父親の責任の重みそのものに思えた。

 学校の宿題はなぎさの病室やカウンセリングの待ち時間に片付けた。夕食は有紗の家で済ませてある。
後は真愛を風呂に入れて、明日の学校の用意をして寝かせれば本日の父親業務は完了だ。

『真愛、ばんざいしてー』
「んー……」

眠そうに瞼をこする真愛の服を脱がせて、早河も手早く服を脱いで二人で湯船に浸かる。

 入浴剤で乳白色に染まった水面にひよこのオモチャが浮かんでいる。
風呂のお供のひよこの数はどんどん増えて、今はピンクのひよこが五匹、真愛がお母さんと名付けた大きな黄色いアヒルが一匹と、小さな黄色いひよこが三匹の大所帯となった。

 ひよこで埋め尽くされた浴槽で真愛は早河の膝の上に座っている。彼女は父親の首筋に鼻先を擦り付けて甘えていた。

女の子は10歳くらいになると父親と風呂に入らなくなると聞いた。
今の子は初潮の年齢も早いらしい。生理が始まれば尚更、父親と風呂には入らなくなる。
真愛はいつまで一緒に風呂に入ってくれるだろうか。

 真愛の柔らかい髪にシャンプーの泡を絡ませて丁寧に洗う。

『かゆいとこないー?』
「ないー!」

シャンプーのシトラスの甘酸っぱい香りに包まれて、浴室に早河と真愛の声が響いた。

 風呂を出て、いちご柄のパジャマを着た真愛の髪をドライヤーで乾かしてやる。パンツもパジャマもいちご柄、好きな食べ物はもちろん苺だ。

寝る前の歯磨きもさせて、眠気全開の真愛を二階のベッドまで運んで寝かしつけた。本日の父親業務はこれにて終了。
娘の面倒を見るよりも犯罪者を追いかけ回す方がよっぽど楽だ。

 昼に取り込んで放りっぱなしだった洗濯物を畳み、こちらも放置だった仕事の業務連絡を済ませてやっと一息。

リビングで1時間程度、新聞を読みながら煙草をくゆらせていると、頼りない足取りで階段を降りる音が聞こえた。

 うさぎのぬいぐるみを抱き締めた真愛がリビングの入り口に立っている。

『起きちゃったか』
「うん。……怖い夢見た……」

カウンセリングの日の夜はいつもこうなる。封じ込めていたあの日の記憶が、断片的に夢の中で甦るのだろう。

『パパと一緒に寝る?』

その言葉を待っていたかのように、心細げな瞳を向ける真愛が頷いた。

 早河家の灯りが消えて暗闇に包まれる。父親のベッドに入った真愛は、早河にしがみついたまま寝息を立て始めた。
真愛の側にはうさぎのぬいぐるみが寄り添っている。

『おやすみ。真愛』

真愛の愛らしい寝顔を眺めていた早河も気付けば夢の世界へと落ちていた。


        *

 ──聞こえるのは鶏《にわとり》達の羽ばたきと小さな生命が尽きる瞬間の最期の鳴き声。そして獣と化した人間の荒い息遣い、立ち込める血の臭い。

鶏達の憐れみの視線が注がれる。

“人間とはなんて愚かな生き物だろう”──


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