早河シリーズ完結編【魔術師】
 三限目開始のチャイムが鳴った。現場を離れた早河は真愛が教室に戻ったことを保健医に確認すると、東中野小学校を一旦辞した。

昼食後の下校時間までの2時間余りをどこかで時間潰ししようと思ったものの、どこにも行きたくない気分だ。
なぎさの顔が見たかった。けれど産婦人科の面会は午後から。

(電話出るかな……)

 神田川沿いの道に車を停め、試しになぎさのスマホに通話を繋げる。明日退院予定の彼女も午前中は生活指導や検診があったりと忙しく、電話には出られないかもしれない。少しでもいいから声が聞きたい。

{……もしもし?}

なかなか通話の応答がなく諦めかけた頃に彼女の声が聞こえた。それだけでほっとする。

『急にごめん』
{ううん。どうしたの?}

 早河は真愛の学校で起きたうさぎ殺しの一件をなぎさに語った。産後の彼女に聞かせる話ではないのは百も承知。
でも誰かに話して、ぐちゃぐちゃに混乱した頭の整理をつけたかった。

なぎさは黙って早河の話を聞いている。こうしていると昔の探偵と助手の頃に戻ったみたいだ。

『俺が出した結論……なぎさはどう思う?』

 導き出した結論が間違いであってくれと願う一方で、この結論に確固たる自信もあった。警察が本格的に動けば証拠は簡単に揃うだろう。

{私は実際に見ていないからなんとも言えない。でもね、真愛が言っていたことがあるよ。“動物さんは嘘をつかない”って。人間は嘘をつくけど、動物は嘘をつかないの}
『……そっか。そうだよな』

 ──動物は嘘をつかない。嘘つきは人間だけだ。

 なぎさとの短い通話を終え、早河は東中野の自宅に戻った。四谷の探偵事務所に行く用事はあるが、行ったとしても今日は仕事が手に付かない。
何もする気にならずにコーヒーと煙草の消費だけを増やして、2時間後に再び東中野小学校に向かった。

 2年生の下駄箱の前で真愛を待つ。早河の他にも迎えに訪れた保護者が何人かいた。
続々と帰り支度をして出てくる生徒の中で、うさぎみたく跳ねた足取りで真愛が歩いて来る。

「うさぎ小屋行っちゃダメ?」

真愛は靴を履いて、トントンと爪先を詰めて振り向いた。すっかり元気を取り戻した真愛だが、四限目の体育は見学したと担任の若林教諭から聞いている。

『あそこは今は立ち入り禁止になってるからなぁ。うさぎ小屋行きたいのか?』
「餌やりのお当番。お水も替えてあげたいし……5年生のお当番の子も一緒に。……ダメ?」

真愛の隣にいる5年生の少女が早河に頭を下げた。生き物係は他学年がペアになって飼育当番をしている。

『警察の人に聞いてくるから待ってろ』

 校舎付近にいた黒田の部下を捕まえて生徒が現場に入っていいか尋ねると、大方の調べも終わったため、規制は解除すると言っていた。

立ち入り禁止のテープも生徒の下校後に撤去するらしい。それなら保護者立ち会いで真愛達が入っても問題はない。
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