早河シリーズ完結編【魔術師】
 給水器に新しい水を入れて戻って来た5年生の少女と真愛が皿に餌を盛ると、縮こまっていたうさぎも徐々に餌に群がり始める。
3年生と6年生の生徒に世話をされているニワトリ達も今は落ち着いていた。

『先生は月曜日の切り裂きジャックが捕まったことはご存知ですか?』

 早河は小屋の外で生徒の様子を傍観する明美の側に寄り、さりげなく話を振った。明美は固い表情で顔を伏せる。

「今朝はテレビや新聞を見ずに家を出たので……。後でネットのニュース記事を読んで知りました。犯人は16歳の高校生だったとか……」
『そうらしいです。でもうさぎ殺しの犯人も大胆なことをやらかしましたよね。よりによって月曜日に犯行に及んでしまったんですから』
「……どういうことですか?」

明美はしきりに眼鏡のフレームに触れていた。

『昨日は月曜日の切り裂きジャックの犯行曜日でした。警察は厳戒態勢で都内のパトロールを強化していました。当然、この区域も警官がパトロールで回っていたでしょうね』

 言葉の間合いをとり、相手の表情の変化を確認して話を続ける。

『後ろめたいことがある人間は無意識に挙動がおかしくなり、仕草や表情に出ます。刑事はそういった人間を瞬時に見抜く。怪しい人間には片っ端から職質をかけるのが警察の仕事です。昨夜、東中野小学校付近で不審人物の目撃情報があればうさぎ殺しの犯人の手がかりになるかもしれません』
「……そうなんですね。早く犯人が捕まって欲しいものです」

 うさぎとニワトリの餌やりも終わり、真愛のペアの5年生の少女とニワトリのペアの6年生と3年生の生徒達が、明美にさようならと言って帰って行く。

生徒達に手を振る明美の右手の人差し指には真新しい絆創膏が貼られていた。

 真愛はまだ簡易小屋にいるうさぎに楽しげに話しかけている。早河は明美を一瞥して呟いた。

『お使いのその眼鏡のレンズはプラスチック製ですか?』
「……ええ。もうガラスの眼鏡は使わないかもしれません。割ってしまいますから」

ニワトリ小屋の鍵とうさぎの簡易小屋の鍵を持って明美は立ち去った。

『真愛、手洗って帰るぞ。ママと匠に会いに行こう』
「はぁーい」

 手洗い場に駆けていく真愛の小さな背中を見ていると、何とも言えない苦い気持ちが込み上げる。

 ──“動物さんは嘘をつかない”──

先ほどの真愛の言葉が頭から離れなかった。

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