早河シリーズ完結編【魔術師】
 その夜、20時。薄曇りの夜空に月が見え隠れしている。
東中野小学校の敷地は電灯の淡い光に照らされていた。薄暗い簡易小屋の中では、五匹のうさぎが身を寄せ合って眠っている。

 早河は飼育小屋の前に立って、ある人物を待っている。それまで羽を畳んで休んでいたニワトリ達が一斉に羽をばたつかせて、早河に来訪者の正体を教えてくれた。

ザクザクと土を踏みしめる足音が止まった。

「私に何のご用でしょうか?」

 闇に慣れた視界に浮かぶのは、東中野小学校教諭の佐竹明美の強張った顔。

『電話でお話した通りですよ。うさぎ殺しの件で先生にお聞きしたいことがあるんです』

明美は沈黙する。ニワトリはまだ羽をばたつかせて騒いでいた。

『昨夜、21時頃、先生はどちらにいらっしゃいました?』
「……その時間は家に」
『お一人で?』
「私は母と二人暮らしです。でも母も夜勤に出ていたので、一人も同然ですね」

早河は空っぽのうさぎ小屋の金網に背をつけた。

『あなたは嘘が下手だ。先生はその時間、ご自宅にはいなかった』
「どうして嘘だと思うんです?」
『昼間、ここで俺と月曜日の切り裂きジャックの話をしたのを覚えていますか? 昨夜は月曜日の切り裂きジャックを捕まえるために、都内全域に警察の包囲網が敷かれていた。切り裂きジャックが逮捕されたのがちょうど21時頃。警視庁の知り合いに確認しましたが、都内の厳戒態勢の解除が出たのは逮捕から1時間後の22時頃だそうです』

 暗闇で対峙する明美を見据える。
騒いでいたニワトリも羽を畳んで大人しくなっていた。彼らも探偵の推理に興味があるようだ。

『昨夜、東中野小学校周辺で不審人物の目撃情報がなかったか、この付近のパトロールを担当していた警官に話が聞けました。警官は21時頃に小学校の裏門の近くを歩いていた女性がいたと話しました。職質はしなかったが、少し挙動不審であったとも。女性の髪はショートヘア、すれ違った時に女性がかけていた赤いフレームの眼鏡が目に留まったらしいです。警官はあなたの写真を見て、女性とあなたが似ていると答えましたよ』
「ショートヘアも赤いフレームの眼鏡も、そんな女性沢山いますよ」

 反論する明美がかけている眼鏡は今もプラスチック製のレンズのシルバーフレーム。彼女はそのフレームに右手で触れた。
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