早河シリーズ完結編【魔術師】
 壊してしまったトレードマークの赤いフレームの眼鏡。彼女はいつ眼鏡を壊した?

『右手の人差し指に怪我をされていますよね』

ハッとして明美は眼鏡に触れていた右手を下ろす。彼女は早河に指摘された右手を左手で覆って隠した。

『指の怪我はどうされたんですか?』
「昨日……家で眼鏡を壊した時にレンズの破片で切ったんです」
『なるほど。あなたはまた嘘をつきました。先生が眼鏡を壊したのは自宅ではない。このうさぎ小屋の中ではありませんか?』

 明美は早河の前では右手を出さないようにしていた。保健室の扉の開閉も本来の利き手であるはずの右手ではなく左手で行い、うさぎ小屋まで早河を案内した時は小屋を右手で指差そうとして途中で引っ込めて、左手を出した。

だが、下校する生徒達に手を振る時や眼鏡のズレを直す時などは無意識に右手を使ってしまう。隠そうとするほど行動は不審になり、逆に何かを隠していると証明しているようなものだ。

『俺の勘違いならそうであって欲しいと思っていました。しかし、すべての事柄の矢印があなたに向いている。今朝の学校の朝当番はあなただ。当番の先生は朝一番に学校に来て鍵を開けなければいけませんから、門と校舎の鍵の持ち帰り許可が出ているそうですね。だから先生は昨夜、門と校舎の鍵……持ち帰ったのはそれだけではないですね。あなたはうさぎ小屋の鍵も一緒に持ち帰った。他の先生達も帰宅して最後に学校を施錠したあなたは21時頃に再び学校にやって来た。うさぎを殺すために』

 早河と明美の間に流れる沈黙の空気。これから迫り来る寒い冬を予感させる、冷たい夜風が頬に突き刺さった。

「私がうさぎを殺した証拠はあるんですか?」
『証拠はうさぎ小屋に残っていたガラスの破片です。眼鏡のレンズの破片でした。大きめの破片には血がついていた。うさぎではなく人間の血です。そして破片から指紋の採取もできた。あなたの指紋と一致しましたよ。あなたが犯人ではないと言い張るのなら、うさぎ小屋の中にどうしてあなたの指紋つきの眼鏡の破片が落ちていたのか説明してください』

 鑑定の結果、ガラスの破片からはA型の人間の血液と一部の指紋が採取できた。昼過ぎに一斉下校で生徒が帰り、教師達も早めの帰宅をした後、明美が学校に置いているスニーカーのサイズを黒田刑事が調べた。

明美のスニーカーのサイズは23㎝。小屋に残された23㎝の血の靴跡と大きさが一致した。

 数秒の沈黙の後、明美は小さな溜息をついた。

「悪いことは隠せないようにできているんですよね。悪いことはしてはダメ、嘘はついてはダメだと子ども達にいつも言っているのに」
『では認めるんですね?』
「……はい。うさぎを殺したのは私です」

 罪を認めた明美はうさぎ小屋の前に佇む早河の横に並んだ。小屋の金網にもたれた彼女は、負傷した右手の人差し指を見下ろす。
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