早河シリーズ完結編【魔術師】
『どうしてもわからなかったのは、あなたの動機です。何故、学校の先生であるあなたが子ども達が飼育するうさぎを殺したんですか?』
「真愛ちゃんが……悲しむ顔が見たかったんです」

 真愛の名前が出て早河は驚いた。昨年まで真愛の担任教師だった明美が何故?

「真愛ちゃんが1年生の時、あの子は私によくお父さんの話をしてくれたんです。パパは強くて格好いい正義のヒーローなんだよって。ニコニコしながらあなたのお話を……。作文にも早河さんのことを書いていました。あなたは真愛ちゃんの自慢のお父さんなんです」

 真愛が小学1年生の時に書いた〈わたしのおとうさん〉の題名がついた作文に、担任だった明美は最高評価の花丸印をつけてくれた。

 真愛は1年生までは明美が大好きだった。学校で明美が早河の話を聞かされたように、真愛は家では早河やなぎさに大好きな“さたけあけみ先生”の話を聞かせてくれた。

でも2年生になってからは、明美のことをあまり好きではなくなったと言っていた。

 明美の独白は続く。早河は今は黙って彼女の話を聞いてやろうと思った。

「私には父親がいません。子どもの頃はいましたけど、今は父がどこにいるかわかりません。父は私と母に暴力を振るう最低な人間でした。私にとって父親とは最低で恐ろしい獣のような存在でしかなかった。だから真愛ちゃんの話に出てくる“正義のヒーローのお父さん”がどんなものなのか想像もつきませんでした」

彼女は言葉を切って早河を見上げた。

「真愛ちゃんのPTSDのことであなたが学校に話し合いにいらした時、真愛ちゃんとあなたが一緒にいるのを見た時、私の中に自分でもわからない感情が芽生えたんです」

 見慣れないシルバーフレームの眼鏡の奥に宿る、熱っぽい眼差しの本当の意味に早河は気付いた。それは明美自身も気付いていない感情かもしれない。

「この人が真愛ちゃんの話に出てくる“正義のヒーローのお父さん”なんだ……そう思うとだんだん真愛ちゃんが羨ましくなってきて、悔しくなってきて。お父さんに愛される真愛ちゃんを憎らしく思うようになりました。それに、こんなことを言われても早河さんはお困りになるだけでしょうが、学校でお会いするたびにあなたに惹かれていきました。“強くて優しいお父さん”の早河さんに、少なからず好意がありました」

真愛は自分に向けられる明美からの負の感情を、敏感に感じ取っていたのだ。
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