早河シリーズ完結編【魔術師】
明美が早河に恋をしていると捉えた真愛の“おんなのかん”は当たらずとも遠からずだった。
『だから真愛が可愛がっていたうさぎを殺そうと?』
「あの子が傷付いて悲しむ顔が見たかった。真愛ちゃんのことは好きです。PTSDの件も心配でした。教師として出来る限りのサポートをしたいと思ったのは本当です。でも父親の愛で満たされている真愛ちゃんが憎かった。教師としても人としても最低ですね」
涙を流す明美にハンカチを差し出す。早河が明美にしてやれるのはこれくらいしかない。
明美はハンカチを受け取り、眼鏡をズラして涙を拭いた。
「レインコートを着て服に血がつくのは防いだのにうさぎのすばしっこい動きに驚いて眼鏡を落として割ってしまったんです。裸眼と暗闇では破片を全部拾いきれなくて……手は切ってしまうし、命を粗末に扱った報いですね」
『現場に先生の靴のサイズと同じ大きさの血の靴跡もありました。先生の誤算は眼鏡を壊したことだけではなく、あと二つありますよ』
「二つ?」
『ひとつは月曜の夜に犯行を行ったこと。月曜日の切り裂きジャックのおかげで月曜は警察のパトロールが強化される。警察は犯人検挙のために普段の倍の人員で動いています。もしも犯行を月曜以外の曜日に行ったとすればパトロール中の警官と遭遇する確率は下がっていたでしょう』
彼女はハンカチを握り締めて頷いた。自分の失態の羞恥と犯した罪の重さを悔やんで明美はまた泣いた。
「もうひとつの誤算とは……?」
『動物を甘くみたことです』
早河はうさぎ不在の飼育小屋を離れて隣のニワトリ小屋を覗いた。早河の気配に気付いてもニワトリ達は素知らぬ顔をしている。
『俺にあなたが怪しいと教えてくれたのはこのニワトリなんです。鳥、特にニワトリは夜になると目が見えにくくなりますが、嗅覚と聴覚で気配を察知するんでしょうね。こいつらは隣のうさぎ小屋の異変に気付いて、先生がうさぎ殺しの犯人だと知っていたんです』
「……ニワトリが?」
『ほら、今も少し動物を馬鹿にしている。動物は人間なんかよりもよっぽど賢い生き物だと思います。用務員の大倉さんが最初にうさぎの死体を発見した時、ニワトリは大人しかった。次にあなたを連れて来た時にはニワトリが騒いだらしいです。昼間もさっきも、先生が現れるとニワトリはしばらく騒いで暴れていた。簡易小屋にいる生き残りのうさぎは先生が来ると怯えたように隅に固まって動かなくなった。ニワトリはあなたを威嚇し、生き残りのうさぎはあなたに怯えた。動物の態度があなたがうさぎ殺しの犯人だと告発していたんですよ』
──“動物さんは嘘をつかない”──
真愛の言う通り、目撃者のニワトリと生き残りのうさぎが犯人を告発していた。
『だから真愛が可愛がっていたうさぎを殺そうと?』
「あの子が傷付いて悲しむ顔が見たかった。真愛ちゃんのことは好きです。PTSDの件も心配でした。教師として出来る限りのサポートをしたいと思ったのは本当です。でも父親の愛で満たされている真愛ちゃんが憎かった。教師としても人としても最低ですね」
涙を流す明美にハンカチを差し出す。早河が明美にしてやれるのはこれくらいしかない。
明美はハンカチを受け取り、眼鏡をズラして涙を拭いた。
「レインコートを着て服に血がつくのは防いだのにうさぎのすばしっこい動きに驚いて眼鏡を落として割ってしまったんです。裸眼と暗闇では破片を全部拾いきれなくて……手は切ってしまうし、命を粗末に扱った報いですね」
『現場に先生の靴のサイズと同じ大きさの血の靴跡もありました。先生の誤算は眼鏡を壊したことだけではなく、あと二つありますよ』
「二つ?」
『ひとつは月曜の夜に犯行を行ったこと。月曜日の切り裂きジャックのおかげで月曜は警察のパトロールが強化される。警察は犯人検挙のために普段の倍の人員で動いています。もしも犯行を月曜以外の曜日に行ったとすればパトロール中の警官と遭遇する確率は下がっていたでしょう』
彼女はハンカチを握り締めて頷いた。自分の失態の羞恥と犯した罪の重さを悔やんで明美はまた泣いた。
「もうひとつの誤算とは……?」
『動物を甘くみたことです』
早河はうさぎ不在の飼育小屋を離れて隣のニワトリ小屋を覗いた。早河の気配に気付いてもニワトリ達は素知らぬ顔をしている。
『俺にあなたが怪しいと教えてくれたのはこのニワトリなんです。鳥、特にニワトリは夜になると目が見えにくくなりますが、嗅覚と聴覚で気配を察知するんでしょうね。こいつらは隣のうさぎ小屋の異変に気付いて、先生がうさぎ殺しの犯人だと知っていたんです』
「……ニワトリが?」
『ほら、今も少し動物を馬鹿にしている。動物は人間なんかよりもよっぽど賢い生き物だと思います。用務員の大倉さんが最初にうさぎの死体を発見した時、ニワトリは大人しかった。次にあなたを連れて来た時にはニワトリが騒いだらしいです。昼間もさっきも、先生が現れるとニワトリはしばらく騒いで暴れていた。簡易小屋にいる生き残りのうさぎは先生が来ると怯えたように隅に固まって動かなくなった。ニワトリはあなたを威嚇し、生き残りのうさぎはあなたに怯えた。動物の態度があなたがうさぎ殺しの犯人だと告発していたんですよ』
──“動物さんは嘘をつかない”──
真愛の言う通り、目撃者のニワトリと生き残りのうさぎが犯人を告発していた。