早河シリーズ完結編【魔術師】
 苦悩した早河は午前8時という電話をするには非常識な時間帯であると自覚して、真愛の主治医の高山政行に連絡した。

学校で起きたうさぎ殺傷事件の概要と明美の真の動機を包み隠さず話し、犯人が明美であったことと真の動機について真愛に話すべきか否か、高山の判断を仰ぐ。

{真愛ちゃんにはありのままを早河さんから話してあげてください。あの子には真実を受け止める力がある。大丈夫ですよ}

 高山の後押しを受けて早河は腹を決めた。
子どもの頃に大人に隠し立てされて知らないままでいた真実を、思春期や大人になってふとしたきっかけで知る方が心の傷は深くなる。

早河自身がそうだった。幼少期に死別した母親の死の真相と、父親と犯罪組織カオスとの因縁を知ったのは刑事になってからだった。

 午前中に産婦人科になぎさを迎えに行き、退院したなぎさと息子を車に乗せて香道家までの道のりを走った。

なぎさの腕の中で息子の匠はぐっすり眠っている。匠の寝顔は真愛が赤ん坊だった頃とよく似ている。さすが姉と弟だ。

『真愛に事件の真相を話す。高山さんもその方がいいと言っていたよ』
「うん。私達が思っているよりも真愛は強いよ。一生懸命考えて、自分なりの答えを見つけられる。私達は真愛をそうやって育ててきたんだもの」
『そうだな』

 まだ子どもだからすべてを知る必要はないと、大人は思いたがる。けれど子どもは子どもなりに精一杯考え、真実を受け止める力を持っている。

 香道家に到着したなぎさと匠を、真愛となぎさの両親が待ち構えていた。
どうして今日は学校が休みなのか、真愛は不思議がっている。早熟な真愛は勘も鋭い。

『真愛、これからパパと出掛けよう』
「お出掛け? パパと?」

さっそくなぎさに結ってもらったツインテールの髪を揺らして真愛は首を傾げた。早河は身を屈めて真愛と目線の高さを合わせる。

『パパとデートは嫌?』
「ふふっ。いいよ。デートしよっ」

 おませな真愛は早河とのデートのために唇に淡いピンク色の色つきリップクリームを塗り、子ども用の甘いキャンディーの香りのコロンもつけていた。

まったく、女の子の身支度は時間がかかる。
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