早河シリーズ完結編【魔術師】
 息子が犯罪に関わっている事実を認めたくはない親の気持ちも理解はできる。だが、逃げれば逃げるほど罪は重くなる一方だ。

 小柳が通う都内の大学を張り込んでいる部下からも、小柳は今日もまだ登校していないと報告があった。部下との電話を終えた直後、上野のスマホに着信が入る。

 木村隼人──。着信画面に表示された名前を見て上野は眉をひそめた。12年前に上野が関わった静岡連続殺人事件を通じて知り合った隼人とは父と息子ほども年齢は離れているが、彼の妻の美月共々、年齢を越えた友人関係を築いてきた。

平日のこんな時間に隼人から連絡があるのは珍しい。隼人は大手企業の勤め人、昼休みにしては早い今の時間帯は仕事の最中だ。
嫌な胸騒ぎを感じて上野は通話に応答した。

{お忙しいのにすみません}
『構わないよ。何かあったかい?』

隼人の声色には普段の覇気がなかった。

{上野さんにずっと黙っていたことがあります。俺も美月も……できることなら、このまま何もなく時が過ぎてくれればいいと思っていましたが、そんな考えは甘かったのかもしれません}

 慎重に言葉を選ぶ隼人の重苦しい呟きが上野の嫌な予感を膨らませる。彼は運転席の杉浦に会話を聞かれないために車を降りた。
助手席の扉に背を預けてスマホを耳に当てる。

{上野さん。……佐藤は生きています。あいつは死んでいません}
『佐藤って……あの佐藤瞬が? 間違いないのか?』

 刑事にとって逮捕直前の被疑者の死亡がどれほどの屈辱か。12年前に手錠をかけられずにいた佐藤瞬の最期の意味深な微笑みは、今でも脳裏に焼き付いている。

{間違いありません。一昨年の……キングが脱獄した日に佐藤は美月に会いに来ています。俺は佐藤の姿を見ていないので美月の証言だけですが……}

 美月は佐藤と愛し合っていた。佐藤の姿を目撃したのが美月だけだとしても、死んだと思われている佐藤の生存を主張するメリットは美月にない。

佐藤の生存は偽りではなく本当のことだろう。
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